第2話
夢だと錯覚しても仕方がないだろう。
だって浅川拓人の物語は、大学の2回生からスタートするのだから。それが何故か高校の入学式の日なんて場面が出てきたから、そりゃ変に情報が混線した俺の妄想だと思っても仕方がない。
一つの身体の中に“俺”の記憶と、拓人の記憶が同時にある。おかしな気分だ。
“俺”が通っていたのは地方の県立高校と関東の国公立大学。そこそこ真面目に勉強して、お安めに進学した親孝行コース。
一方、拓人は趣味のアニメやゲームに没頭して、あまり勉強に熱心でない連中が通う丸台東に入学。その後、お金を出せば入れるような貯金箱大学に進学し、サークル活動の中で運命の出会いを果たす……という設定だ。
そもそもほとんど大学に入ってからの話しか考えてない。高校時代の拓人については、pcゲームを個人で完成させた重度のオタクであることくらいしか情報がない。
いつか使うかなと思って温めておいた裏設定はいくつかあった気がするが、それらはほぼ日の目を見ていない。
だから、これから先、拓人の人生に何が起こるかは「知識として」大体知っているのに、今の拓人については生まれてから現在までの約15年間の「実際の記憶でしか」知らない。本当におかしな気分だ。
ひとまず驚かせてしまった樫峰に謝らねば。
「いや、ほんとにごめん。誰にでもやるわけじゃないんだ。今日は思わずというか、我慢出来なくて」
「へ、へぇ。そうなんだ、ふーん……」
「ああ、これから仲良くしたいってのは本気だから。明日からもよろしく」
「……ま、いいよ。変なやつだけど、ノリがいいってのはいい事だからね」
怒ってはいないようで良かった。遮断機が上がり、二人なんとなく並んで歩く。
この道をずっと行けば街の中央の大きな運動公園につながる。一度観光で訪れただけの金沢の街並みが、生まれ育った地元として俺の目に映っている。
「この先の消防署の裏にアパート借りてるんだ」
「ああ坂上の方か、学校近くていいな」
「うん、一人暮らしするにあたって物件探しはかなり力入れたからねー」
「え、一人なんだ」
高校生でそれは珍しい。俺が小説の舞台を大学に選んだのも、主人公やヒロインが違和感なく一人暮らし出来るというのが理由として大きかった。
たしかに高校生にも関わらず親と離れて一人で暮らしている、なんてのは物語の主人公として資格十分な感じがする。だが、実際に大学進学を機に実家を出てみて分かった。
これは高校生にはあまりに荷が重い。
「片親なんだけど、仕事で海外行っててさ。でも楽しみなんだよね。なんていうか?主人公っぽくない?」
「分かる分かる、始まっちゃうよな物語」
これまで俺の周りにたまたま居なかっただけで、全国を探せばこのような家庭の事情を持つ中高生は沢山居るのだろう。本当に尊敬する、強く生きて欲しい。
「けど、一人暮らしってマジで辛いからさ。ああいや、想像なんだけど。困ったことがあったら何でも言ってくれ」
「うん、ありがと」
「社交辞令じゃないぞ。樫峰がどのくらい家事好きかは知らないけど、飯作るのもダルいし洗濯物は溜まってるし、風呂入るだけで体力全部使い切って何も出来ないって日は必ず来るから」
「え。う、うん」
「体調が悪かったりなんとなく全部面倒だなって思った日は、必ず言ってくれ。まぁ俺じゃなくて女の子の友達頼った方がいいとは思うけど……飯ぐらい用意するよ」
俺の母さんがな、と自分で言っていて恥ずかしくなってきた。流石に突っ込みすぎたな。
精神だけは大人でいるような気がして、年下のつもりで押し付けがましい言い方をしてしまった。
樫峰がきょとんと目を丸めている。隣の席ってだけの同級生に、いきなりこんな不躾に言われたらそりゃ面食らうだろう。慌てて取り繕う。
「あいや、その、無遠慮ですまん。熱くなった。あれだ、大学生で一人暮らしの従兄弟がな、そんなことを言ってたんでつい想像しちゃったんだ」
居ないけどさ、拓人に兄弟も従兄弟も。
けれど樫峰は、フッと顔を綻ばせて
「ありがとう」
と再び言ってきた。
「本当に嬉しい。私田舎から出てきて、都会で友達出来るかなとか心配だったんだ。都会の方がオタク差別されるとか言うし。でも、浅川くんが居れば大丈夫そう」
「そ、そうか。うん……」
さっきまで樫峰のほうが狼狽えていたのに、今度は俺の顔が熱くなってしまって、止められなかった。
何ときめいてるんだ女子高生に。いや今は同級生なんだけど!なんだけどさぁ!
「じゃあさ、本当に頼ってもいいなら、連絡先交換しない……?」
そういって樫峰はスマホを出す。それを見て、俺もポケットに、自分のスマホを持っていたことを思い出す。高校入学記念に買ってもらったものだ。
2012年……ああ、もうスマホの時代になってたっけ。いや、どうかな、微妙な時代じゃないか?まぁこの世界では既にスマートフォンが普及していたということで理解する。
「ホイップ、コネクト!」
コミュニケーションアプリのホイップというのは、まぁ、つまりLINEだ。流行りそうな架空の名称を考えた覚えが確かにある。ホイップクリームってクラウドっぽいだろ。そこでコネクト、つまりフレンド登録してもらう。と、早速通知がくる。
かおる『よろしくね』
拓人 『ああ、よろしく』
たったそれだけのやり取りだったが……これからの3年間が、本編までのただの準備期間ではない。もっとずっと大事な時間になることを確信させるのに、十分だった。
その後坂の下の別れ道で「私こっちだから!また明日!」と樫峰が言い駆けていく。俺はその背中に呼び止める。「樫峰!」
視線だけ振り返った彼女にずっと思っていたことを告げる。
「ごめん!金沢ってそんなに都会じゃない!」
「ええええっ!?」
俺の物語が始まるまで………………あと5年。
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