第6話
翌日から早速授業が始まる。よくありがちな、自転車通学の許可制度とかがないのもマルヒガの良いところだ。試しに自転車で登校してみる。……いややっぱ坂ばっかりでダルいな。明日からは歩こう。
教室に入ると、先に来ていた樫峰がものすごい勢いで頭を下げてくる。
「ほんっとにすみません!なんか、名前聞き覚えがあるような気もしたんですけど、私気づかなくって」
「やめてやめて樫峰、ただの学生だから、同級生だから。昨日の感じでいいんだよ」
「いやぁ、帰ってから昨日の話を地元の友達としてたら、あの浅川様に失礼を働いたの!?とか怒られちゃって」
「やめてやめてほんとやめて」
教室には既に半分くらい生徒が居て、各々こぢんまりとグループを作ったり自席で本を読んだりしているが、なんとなく全体がこちらに耳をそばだてている気配がある。
どうやら浅川の名はここら辺だと変に有名になってしまっているらしい。皆「アレが噂の」という好奇の目で見つつも、自分から話しかける度胸はないらしかった。そういえば初日から、それとなく遠巻きに見られていた気もする。大丈夫俺は外交的な性格で有名な子だから、明日から友達作ればいいから、と自分に言い聞かせて下校しているときに樫峰に話しかけられたのだった。
チャンスなので、クラス全体に聴こえるように樫峰と話す。
「俺はただの高校生だって。なんだよ浅川様って、そんな偉そうにした覚えないって」
「じゃあ、許していただけます、かね?」
「許すも何も、ほんと普通でいいって。これから3年間よろしくな」
1年間、とどっちが良いだろうと思ったが、可愛い子とは長い付き合いをしたい。
あんだけにぎにぎしておいて何だが、教室で握手は小恥ずかしいかな。握り拳を差し出すと「お、おう」と打ち返してくる。それでようやく教室内に、ふーん?思ったより普通の奴か、という雰囲気が流れる。
それからはまばらに話しかけてくれるクラスメイトも居て、昼は俺と樫峰と、男子1人女子2人の「中学校からの知り合いが居ない組」で弁当を食べた。あー……ほんと良かった、安心した。いくら絵で賞を取ろうが小説が書けようが、友達の居ない青春はキツいって。
放課後、帰りのホームルームが終わって、今日は何しようかとボーッとしていると、樫峰と一人の女子が話しかけてくる。
「浅川くん、やっぱり美術部に入るの?」
「どうしようかなって。学校外の絵画教室で師匠に教わってるから、学校の部活まで入るか分かんないや」
「で、でも見学だけでもどう?今日も活動してるみたいだから、一緒に行かない?」
「姫野美術部入るの?樫峰も?」
「や、私は付き添い。どっか文化部には入ろうと思ってるけど」
姫野は熱意を込めた目で俺を見ている。
「実はお兄ちゃんがこの学校の美術部で、浅川くんと同じクラスになったって言ったら、是非会いたいって言ってて」
「やっぱ知られてるのか。まぁ見学だけなら」
「ほんとっ!ありがとう」
ぴょこぴょことちっこくてチワワみたいだな。この子も大事にしよう。
早速荷物を持って美術室へ向かう。鞄は教室に置いて行けばいいかと思ったが、姫野が持って行くように言う。
「お兄ちゃんから聞いたんだけど、お兄ちゃんの上の代くらいまであんまり治安が良くなくて、今はだいぶマシになったみたいなんですけど……荷物にいたずらする人が居るかもしれないから一応身に持っておいたほうがいいみたい。特に、浅川くんみたいな有名人だと」
思わず樫峰と顔を見合わせる。こわいね、ぴえん。
美術室では美術部員と思われる人達が、何故かトランプタワーを作っていた。
「失礼しまー……おっとすみません」
「何やってんのお兄ちゃん……」
「お、来たな新入生」
タワーを崩さないように慎重に入ると、ガタイの良い男子がこちらを手招きする。この人が姫野兄か?妹と体格差がありすぎる。
「美術部の見学だよな?香夜の兄で、3年。美術部部長の
「光栄です。でもそんな大したものじゃありません、今日はよろしくお願いします」
「なに謙遜するな。ただし、香夜に手を出したらその腕を潰すぞ」
「バカな事言ってないで」
姫野妹が絵筆を洗うプラスチックのバケツで兄の頭を叩く。パコンといい音がして、結構痛そうだ。……部長さん、今マジで俺の腕潰す顔してたぞ。まぁ、俺も妹を持つ兄として気持ちは分からんでもない。
「バカの言うことは無視してね。こっちは付き添いのかおるちゃん」
「どもども」
「で……これは何です?」
男女の部員7名が机を囲んでトランプを積み上げている。あと2段、最も緊張するところだ。
「別に、ただの遊びだ。無理やり部活動的な意義を説明するなら、精神集中と協調性の訓練だな」
そしてトランプタワーは完成の瞬間を迎える。メガネの男子が最後の2枚を……そっと建てて、指を離した。
成功だ。ふぅ〜、と弛緩した空気が流れる。気づかないうちに俺まで注視して見入っていた。
「よくやった。さて、今日は誰が行こうか」
「例の浅川くん来てるならやってもらったら?」
「いや、部長の妹さんもいるんでしょ。彼女は?」
部員たちが何かを決めようとしている。なんの話だろう。姫野妹と首を傾げる。
「何って、無論、トランプタワーで一番楽しい瞬間に決まっとるだろ」
「ああ、なるほど。じゃあ姫野、いってこいよ」
「え?……ええっ、いいの!」
「では今日は香夜だな。よし、突っ込めぇい!」
トランプタワーで一番楽しい瞬間って言ったら……そりゃ崩す時だよなぁ!
大怪獣香夜は「では、い、行きます!お、おりゃあああっ!」っと頭から突っ込み、天までそびえる塔を見事に崩し去ったのだった。
自然と部屋中から拍手が起こる。俺も樫峰も思わず感嘆しながら手を叩いていた。
「ナイスガッツだ。トランプタワーはここまでやってトランプタワーであるからな」
床に落ちたトランプを拾いながら部長が言う。俺たちも手伝った。
「絵は個人で描くものだが、折角部活をしとるんだから一緒に出来ることは一緒にしたいだろ。チームで協力して取り組む、そして一度完成したものに拘らない、捕らわれない。時には完成品を崩してでも、次に進む。そういうことだ」
集めたトランプをケースに入れ、改めて俺たちは部員たちと向き合った。
「俺も先代部長からの受け売りだがな、真理だと思っている。これがうちのスタンスだ。もし興味があれば是非一緒に活動してくれ」
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