第5話

 俺たち兄妹は、昔から様々な習い事をしていた。多くは長く続かずコロコロと変わったが、両親も、元よりそのつもりだから自分に合うものを見つけるまで好きにしなさいと言っていた。


 絵画教室もその一つである。

 妹はじっと座って作業するのが苦手で、すぐに辞めてしまった。が、これ関しては逆に俺に適性があったらしく、美大出身だという狩川五郎かりかわごろう先生の指導も好きだったからずっと続けている。



 「長男ではありますが、上4人流産しまして五郎と相成りました」



 という嘘なんだか本当なんだか、本当だったら笑いづらい鉄板ネタを持っている。

 元々は美術教室だった。俺の中に画家としての才能を見出した狩川先生が、教室自体を絵画に絞って教えてくれるようになったのだ。



 「絵を描くのに他の技法、例えば版画やモザイク画や、立体物に触ったりするのは絶対に足しになる。でもそういうのは美大か、美大予備校で教えてもらえばいいかと思って。今はとにかく、色んな描きたい絵を自由に描いてほしいんだ」



 こうして狩川五郎の一番弟子、浅川拓人はメキメキ成長した。

 狩川先生自身は「結局大成しなかったんだよ」なんて謙遜するけど、人に教える技術、そして人を見る目は確かだったらしい。俺はこれまでに市や県のコンクールをはじめ、国内外の大小様々な大会で結果を残してきた。


 中でも“天才少年画家”の名を不動のものにしたのが、欧州美術協会が主催する、フランスのサロン・バリアンヌ国際展だ。そこで日本人として過去最高のバリアンヌ賞を受賞した『Babel』は、文句なしの最高傑作。俺自身、もうどうやって描いたのかわからないくらい、全ての要素が噛み合った作品だ。まさに神がかっていた。


 日本の弱冠13歳が美術の本場で、子供部門ではなく、プロの画家に混ざって審査を受け栄誉ある賞を獲った。しかもルックスも映える。当時……2年前はテレビの取材なんかでずいぶん近所を賑わせてしまった。


 普段閑静な住宅街には相応しくない騒ぎで、周りに住むうちと同じような富裕層から疎まれるのではとも危惧したが、俺が普段から近所付き合いを積極的にしていたおかげか好意的に見られていたと思う。



 しかし、それはおかしいのだ。『星とキスと礼拝堂』作中において「俺には絵の才能は無かった」「原画は早々に諦めてシナリオに専念した」と明言されている。俺は文章で戦うクリエイターのはずだ。

 西洋絵画。まぁ、めちゃくちゃ恣意的に極限まで拡大解釈すれば、二次元と言えなくもない。

 だが、オタク趣味とは言えない。浅川拓人は……二次元オタクではなかったらしい。



「んなアホな」



 2階の自室にあがり、ベッドに倒れて部屋を眺める。本棚には父が買い与えてくれた美術書の類いが並んでいる。「よく分からんから店員さんのおすすめ揃えといたぞ」と度々無造作に追加してくれた。時代も系統も、てんでバラバラだったが、それが逆に良かった。一部スポーツ雑誌もあるが、ライトノベルやアニメ系イラストの解説書なんかは無かった。


 現状考察ノートを適当に学習机に投げる。机の横にはサッカーボールが網袋に入って掛かっている。4ヶ月くらい触ってないから、空気が抜けてベコベコになっているだろう。久しぶりに取り出して、寝転がったまま素足の裏で転がす。


 運動すると頭がスッキリするから、天才と呼ばれるようになってからもサッカーは続けた。下手の横好きで、怪我をするたびに周りをハラハラさせたと思うが「日常生活でもこのくらいの怪我はあり得るし、今は色んな経験を積むべきだと思うんだ」などと押し通っていた。……マセたガキだな。


 壁には1枚の絵が入った額が飾られている。京都、天橋立を描いた風景画。「一番弟子の証としてお前にやろう」と貰った、狩川先生の作品だ。

 俺はこの絵が大好きだった。宝物だ。ああ、“俺”も良いと思う。素敵な絵だ。

 どんなに落ち込んだ時でも、この絵を見ると不思議と前向きになれた。今も、予定は狂ったがとりあえず悪いことだけじゃないか、と自然と考え出していた。


 いやー金持ちの上にイケメンで、しかも絵の才能まで与えるなんて、神様も不公平ですこと。おっほっほ。


 ポケットに入れていたスマホが震える。ホイップの着信だった。

 見ると、登録したばかりの樫峰から通話が来ているので出てみる。



「よっ。早速電話くれるなんて嬉s」


『まままままま誠に申し訳ございませんでしたあああああああああああ』


「へ?」

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