第4話

 浅川拓人あさかわひろとに、妹は居ない。|


 少なくとも、俺はそんな設定は作っていない。作中で拓人がはっきり「俺、兄弟とか居ないんだよね」などと発言していたかは覚えていないが、多分居るとも言ってない。

 実は描写してないだけで妹が居たんですよ、と後出しする余地が絶対に無いとは言い切れない。


 だがもし妹がいるなら、小悪魔妹系後輩ヒロイン、草壁鈴くさかべりんと交流する中で話題に出ないのはあまりにも不自然だ。「俺、妹が居るからさ。なんかお前が妹と重なって、放っておけなかったんだよな」とか、そんな台詞が発生して然るべきである。そんな展開は書いた覚えがない。

 むしろ思い返してみれば、スズこと草壁鈴とは頑なに妹というワードを避けていた気さえする。あくまで「妹みたいなものだよ」とかではなく、一人の女性として最初から見ていた、ということにしたかったのだろう、執筆当時の俺は。


 俺が忘れているだけで没案にしたネタや設定も、この世界の構成に組み込まれているということだろうか。そんなもの、作者の知識なんてアテにならないじゃないか。



「誰と言われても……拓人くんの妹さんなら、何でも卒なくこなしてくれるよねー?みたいにプレッシャー掛けられ続けて、いい加減ウザくなってきた浅川雪菜あさかわゆきなさんですけどー?」


「そうか、苦労をかけるな……?」


 拓人の妹、雪菜……うーん、何か一瞬引っ掛かるものがあるのだが、思い出せない。やはりそんな子居なかったと思うんだけどなぁ。


 しかし、確かに“拓人”の記憶には14年一緒に育てられた雪菜との思い出がちゃんとあった。小学校の時は運動部も男女混合で、雪菜も同じクラブに入って試合にも出ていた。中学校からは最初吹奏楽部に入ったが、やっぱり運動部がいいと言って陸上部に転部した。

 俺たち兄妹は、小さい頃からありがたいことに色々な習い事をさせてもらっていた。決して強制ではなく、親は俺たちの可能性を探求するというスタンスだった。

 ピアノも10年くらい弾いていたが、俺の方は芽が出ず、サッカーで突き指した時ついでに辞めてしまった。雪菜のほうは俺よりもずっと才能があって、音楽センスを活かせる吹奏楽部を辞めるのは正直勿体ないと思った。


 実は養子で血が繋がってない義妹ということも無く、正真正銘、実の妹だ。まぁ、顔もこれだけ似てるしな。


「ほんっとに、どこ行っても比べられるんだから」


「え、てか俺の評価ってそんな高いのか」

 

 そういえばそれは意外だ。成績はまぁ、サッカー部の活動と趣味に没頭していた為、特別良くはなく普通で。

 もう少し良い高校にも行けただろうが、趣味の時間を増やすため、親に頭をさげて中の下くらいの偏差値の丸台東に進ませてもらった。課題の提出率的にも進学実績的にも、教師陣にはあまりよく思われてないと思っていた。

 勉強の出来で言えば、雪菜の方が断然良いはずだが。


「そりゃそうでしょ。対人コミュニケーションもズバ抜けてたし」


「八方美人てだけだよ」


「お兄ちゃんの代って結構やんちゃな人達多かったけど、お兄ちゃんがまとめ役的な感じだったじゃん。喧嘩とかしてる時でも、とりあえずお兄ちゃんを投げつけとけば大丈夫、みたいなこと思ってたんだって、先生」



 なるほど、中学くらいだと学力よりそこら辺の能力のが大事か。

 へぇ〜やるなぁ拓人。流石はラブコメの主人公だ。



「それにお兄ちゃん、卒業まで彼女作ったり別れたりしなかったし。誰とも微妙な感じになってなくて、女子とも普通に仲良い男子は色々頼りになるんだよ」


「あー、そういえば女子グループとの折衝なんかやらされた気がするなぁ」


「私は……ほんと、そういうとこダメ。男子の友達ほとんど居ないし、告白されて振ってばかりだから女子にも、お高く纏まってるー、みたいに言われたりもするし。そういやお兄ちゃん、告白されたこととかなかったよね。モテてはいたでしょ」


「ああ、それはコツがあるんだ。まだしばらくは二次元に集中したかったから。もしかして俺のこと好きかなって思ったら、周りの子にそれとなく諦めるように協力してもらってさ」


「そんなの、私に出来るわけないじゃん……いや、つかキモい冗談やめろ」



 いやぁ〜やるなぁ拓人、流石はラブコメの主人公だ。

 ……『星とキスと礼拝堂』はラブコメなんだ。最後の方はドロッドロの愛憎劇になってしまい「あまりに胃が痛い」「コメディどこいった?」「サイコホラータグロックしろ」などのコメントがついたが、誰が何と言おうとラブコメなんだ……!

 

 そうなったのもつまり、拓人が八方美人もとい八方イケメンなのがいけなかった。

 浅川拓人という人間のコンセプトは「究極の理性の人」である。感情のままに行動をするということもなく、人生のどんな場面でも常に冷静なもう一人の自分が上空から見ている……というのが作者が設定した拓人の人物像である。

 いくら酒を飲んでもずっと理性が残っている。

 無論、恋愛にもほぼ打算と義務感から向きあっている。


 だからこそ彼に、生まれてから初めてといっていい剥き出しの性欲を発露させた、同期の肉食系ヒロイン、和瀬穂波(わせほなみ)の手練手管が光るという寸法だ。ちなみに穂波は皆から和瀬またはビッチと呼ばれている。


 ……ん?


 

「冗談は言ってないが」


「でも嘘じゃん、オタクとか」


「何をおっしゃる、浅川拓人は二次元コンテンツをこよなく愛するキモータじゃないか」


「お兄ちゃん、アニメとか観ないじゃん」


「………………………………………………………………………what?」




 いやいやいや、そんな全ての前提が崩れるような話が………………………


 ……あれ?


 咄嗟に俺が好きな深夜アニメのタイトルを挙げようとして、言葉に詰まる。最近読んだライトノベルも出て来ない。いや、そんなまさか。

 


「あの“天才少年画家”浅川拓人が、クラスのあのキモい奴らと同じ人種だったら、私、死んでやるけど」



 俺がマルヒガに進学したのだって「趣味」のためであって、それが二次元コンテンツじゃなかったら一体なんだって…………………画家?


 ……どうやら、とことん俺の思い通りにはいかない世界のようだった。

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