第45話 最終回

「ワイラでクーデターが起こって難民が押し寄せてる!?」

「は。聞くところによると軍が一斉蜂起したらしく……」


 例えば前回のバーンイトーク侵攻。指揮を執っていたのは第四王子だが、責を問われたのは副官だった侯爵。カヤミラの父だ。


 例えば今回のヘーズトニア侵攻。王都まで駆け抜けるつもりで少数で突破しようとした。しかしそこへゼアンが現れたために敗走。大多数が捕虜になり、返還についてはまだヘーズトニアと交渉が待っている。


 軍とて上の命令があったから動いたのだ。しかし責められるのは現場の人間で、国境を越えたのも軍の暴走にされた。魔獣被害を押さえられないのも全部軍の責任。元はといえばバーンイトーク侵攻で魔獣をけしかけたせいで、生息域に変化が起きたというのに、だ。


 将軍も兵士も王の命令に従っただけなのに、全部自分たちが悪いと言われる。ここ二十年ほどの王家の失策で散々振り回され犠牲も出してきたのに、責任のすべてを押し付けられる。


 とどめになったのはヘーズトニアとの同盟破棄だった。王妃をそそのかしたのは親族である国王だというのに、魔法具が手に入らなくなったのは軍の失態だと責め立てた。手中にするはずだったヘーズトニアを逃したのも、状況が悪化したのも軍がだらしないからだと言われ、最高指揮官が責任を問われ処刑されることになった。


 これが反乱を招いた直接の原因だ。このままでは次は我が身と将軍たちは結託して王城を攻めたのである。突発的なクーデターだったために国内は大混乱。王族を吊るしたあと、今度は誰がトップに立つかで貴族同士の内乱に発展した。


 ワイラ国内の状況は、外部が思うよりもずっと逼迫していたのである。


「軍がそんな状態なので、一般市民は魔獣に襲われても守ってもらえません。黙って死ぬくらいならと逃げ出してきたようで」

「一体何をやってくれてるんだ……!」


 ヘーズトニア王は頭を抱えた。人道支援はやぶさかではないが、ヘーズトニアよりワイラの方が大きいのだ。とてもじゃないがそんな難民を受け入れる余裕はない。バーンイトークに逃げる者もいるのだろうが、山岳を挟むあちらより平原であるヘーズトニアに流れる数の方が圧倒的に多いだろう。


 緊急対策会議に切り替えた一同が議論を戦わせていると、侍従が来客を告げた。


「ゼアン殿とエルメイン殿がいらっしゃいました。ワイラの件で提案があると……」

「何?」


 バーンイトーク外交団は王宮に滞在している。王宮内部が騒がしいのでそこから伝わったのかもしれない。


「会議中に失礼します」


 入ってきた二人は王に向かって一礼した。その後ろに矍鑠かくしゃくとした老人がついて来ている。王は目を細めた。高位貴族らしいいでたちだが、ただならぬ雰囲気を感じたのだ。


「……そちらは?」

「祖父です」

「は?」


 ゼアンの答えにヘーズトニア王は目を丸くする。


「突然邪魔をする。孫に会いたくて忍びで外交団に紛れておった。儂は国から出ておらぬことになっておるでな。内密に頼むぞ」

「は……? バーンイトーク王陛下……!?」


 引きつった声を上げる王に、老人はにんまりと、少々心臓に悪い笑みを茶目っ気たっぷりに浮かべた。





 季節も変わり、魔法学校は仮校舎で新学期を迎えた。入学式ではルイリッヒが初々しい挨拶を述べ、バーンイトークからの新留学生も数名参加していた。


 寮で受け入れ準備を進めながら、ゼアンがエルメインに尋ねた。


「……そういえば、今日だっけ?」

「ああ。まあお飾りだけどな」

「複雑でしょうけど、ヘーズトニア王はほっとしてらっしゃると思いますわ」


 すぐに察したエルメインがうなづき、コーネリアは歓迎会のための飾りつけをしながらそう言った。


 、ケスハーンの戴冠式が今頃行われているのだ。同時にカヤミラが婚約者となり、国内が落ち着いたら結婚する予定だ。


「お爺様も剛腕ぶん回したよな……」

「仕方ないだろう。っていうか、ああいうところさすがだって思うよ。ちょっとイラッとするけど」


 会議室にやってきたバーンイトーク王は、ヘーズトニア王に言った。


 混乱を早急に鎮めるため、ヘーズトニアがワイラを平定せよ、と。


 バーンイトークが動くのは得策ではない。ワイラと仲の悪いバーンイトークでは、侵略にしかならないからだ。


「しかしヘーズトニアなら大義が立つであろう」


 何故ならケスハーンがいるからだ。ワイラ王女の子である王子が、親族の仇を討ち失われた王権を復活する。建前だとしても正当な理由があるのだ。


「やられかけたのだから、やり返してやれ」


 陰ながら手助けをするから、と爺王は顔色の悪いヘーズトニア王の肩を叩いた。悪魔の囁きである。ヘーズトニア王に選択肢はなかった。


 大量の難民が押し寄せたらヘーズトニアは色んな意味で圧迫される。バーンイトークだってワイラと国境を接しているのだから他人事ではない。どちらの国も難民流入で困ることに変わりはなかった。利害は一致しているのである。


 そんなわけで軟禁中のケスハーンの名前で兵が組織され、ワイラの王都に急襲がかけられた。


 ゼアンは外交団の護衛に混じっていた辺境の戦士と手分けして、ワイラ国内の魔獣狩りに奔走した。山がちのワイラには、魔境ほどではないがそこそこ強い魔獣も生息している。放置は難民を増やすことにもなるし、ヘーズトニア軍の侵攻ルートを確保する必要もあった。


 バーンイトークのバックアップを受けたヘーズトニア軍は見事王都の奪還に成功し、反乱軍を殲滅した。昔から交流の深いヘーズトニアには、ワイラと血縁があり顔の利く貴族もいる。そのあたりを首脳部に据えれば抵抗も少ない。ヘーズトニアはケスハーンを君主とする新生ワイラ公国を建ててその宗主国となった。


 廃嫡した息子が属国の王になるというのは、ヘーズトニア王にとっても何とも言えない結果だろう。とはいえ、このまま飼い殺しにするところだったケスハーンが居場所を見つけられるなら、親としては安心でもある。ワイラの安定のためにヘーズトニアもバーンイトークも協力する準備があるのだ。


「で、俺は要請があれば魔獣の討伐」

「僕は研究員兼相談役と」


 卒業したエルメインは留学生の取りまとめ役をそのまま継続。研究員の名目で学校に残ることになった。実質はバーンイトークとの連絡窓口も兼ねている。ワイラ公国を背負うことになったヘーズトニアにはバーンイトークの支援が必要だ。未来の宰相となるエルメインに経験を積ませる目的もあるのだろう。


 軍備が整うまではゼアンが魔獣討伐を請け負う。辺境から改めて数人が送り込まれており、そちらはゼアンの指揮下に入っていた。これも将来彼らを率いるゼアンにとっていい練習になる。


「少なくとも卒業まではわたくしたち一緒ですね」


 微笑むコーネリアはゼアンの婚約者として公認され、その指には紫水晶の指輪が輝いていた。


「そうだな」

「卒業まで……」


 ゼアンはうなづいたが、エルメインは軽く眉を寄せた。卒業すればゼアンは辺境へ帰り、コーネリアも嫁いでいくだろう。そうなるとエルメインは王都に一人残されることになる。


「うわあ……ないわー……」


 そのことに気付いたエルメインは、ゼアンの首に腕を回して髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回した。


「おい、エルっ!?」

「ちょっとむかついたんで」

「はあ?」


 つかみ合いを始める二人を見て、コーネリアが鈴を転がすように笑う。

 まだあと二年、三人の留学生活は続くのだ。



   ―――― おしまい ――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カエル姫の婚約破棄を巡る留学生活 踊堂 柑 @alie9149

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ