第44話 焼肉パーティ:和解

 振り返った三人は驚きの表情を浮かべ――すぐに男二人の表情がすとんと抜け落ちた。


「アンタのせいでしょ」

「帰れ。クソジジイ」

「……冷たい!?」


 エルメインとゼアンが超低温で言うと、満面の笑みで飛び込んできた老人はショックを受けたように固まった。


「……どうして陛下がここに?」


 唯一普通の反応を示したコーネリアに、バーンイトーク王は破顔した。


「おお、コーネリアか。綺麗になったのう。何と可愛らしい!」

「外交団にお忍びで紛れ込んだらしいです」


 王の背後からニコラが説明した。半眼気味なのはゼアンとエルメインが冷淡な理由と同じだ。お忍びだから今なら雑でも構わない。コーネリアが泣かされてきたのを見ているニコラは、何ら手を打たなかった王にも思うところがあるのだ。


 そういえばバーンイトークの外交団は今日到着予定だった。着くなり留学生寮へ突撃してきたのだろう。爺王は胸を張って言った。


「いやあ、ゼアンの活躍を聞いて居ても立ってもおれなくてのう。もう一年も会っておらぬではないか! エルメインに至っては三年じゃぞ!」

「だから誰のせいですか!」


 エルメインが詰め寄った。


「いや、だってあんな条件出されたら受けるしかないじゃろうが。それに相手はコーネリアに興味を失ったようじゃったし、嫁入り前に止めれば……」

「やっぱりそうかああっ!」

「お、気付いておったか。さすが未来の宰相!」


 つかみかかる手前のエルメインと、飄々と笑う王。外交団に紛れ込んだためか衣装は一般貴族のものだ。


「しかし、まさかヘーズトニアをワイラから切り離すとは! やりおる! それにゼアンは五本角を倒したそうじゃな。ついに父を越えたか! これなら我が国は次代も安泰じゃ! 次も楽しみ……」


 上機嫌でからからと笑う王を見て、ゼアンは無言のままコーネリアを隠すように抱きしめた。


「……ゼアン?」


 子連れの猫のような反応に、バーンイトーク王がはたと止まる。


「陛下」

「……ハイ」

「これ以上悪ふざけをなさるのなら、俺はコーネリアを連れて国を出ます」

「なら僕もついて行こうかな」

「ちょっ……!」


 目の座ったゼアンがにらみ、すぐさまエルメインがそれに乗る。王は慌てて手を振った。


「冗談! 冗談じゃ! ちょっと期待以上だったんでテンションが上がって……!」

「本当ですね?」


 こくこくとうなづく王。


「すまんかった! お前たちが頑張っていたから、ついどこまでやれるかと静観しておった……」


 お忍びで来たことも含めて、ここではただの祖父でいるつもりなのだろう。王はテーブルに手をついて頭を下げた。


「お兄様、ゼアン様……お爺様も反省してらっしゃるようですし」


 コーネリアが二人を見ると、ゼアンもエルメインも渋々ながら態度を和らげた。


「ネリアがそう言うなら」

「一番被害に遭ったのはネリアなんだから、もっと怒ってもいいんだよ」

「わたくしは、ゼアン様のかっこいいところをたくさん知ることができましたから……」


 ぽっと頬を染めてコーネリアが微笑む。何事もなかったら、ゼアンが護衛につくこともなかった。ここにいなければ危機に陥って助けられることもなく、魔獣との戦いを見ることもなかった。もしかしたら、気持ちが通じることもなかったかもしれない。


「ですから、わたくしは今が幸せです」

「そうか、ネリア」


 抱きしめたままゼアンはコーネリアの髪にキスをした。その甘やかな雰囲気に王が無言になる。ややあってぽつりと聞いた。


「……ふむ。コーネリアは辺境に行くのか?」

「はい。お許しいただけますか」

「うむ。わかった」


 爺王は素直にうなづいた。ほっとした空気が流れる。食えない爺狸だが、認めたことは義を通す。それに孫たちが可愛いのも間違いはない。これで懸念はすべて払拭された。


「それで、すごくいい匂いがしておるのだが……何を焼いておるのじゃ?」


 王の言葉に、ニコラも誘って五人で焼肉パーティが再開された。肉はたっぷりあるのだ。





 ヘーズトニアとバーンイトークの話し合いはスムーズに進んだ。婚約云々は外して、一番最初の想定通りに普通の通商条約を結び直すことになる。ただ、十年前と違うのはバーンイトークに対しヘーズトニアの立場が圧倒的に弱くなっていることだった。


 ゼアン個人への恩義を抜きにしても、バーンイトークが魔法具をそこまで必要としていないのは明らか。あの戦神を見た後では、商品として推すには弱すぎる。


 だがバーンイトークは大国の余裕を見せて無体な要求はせず、従来通り留学生を受け入れることで手打ちにした。ヘーズトニアももうバーンイトークの狙いはわかっている。バーンイトーク以外には攻撃用魔法具は十分優位に立てる物品。そこを侵犯しないのであれば、生活用の魔法具開発は互いに利のあることだ。


「ではこの内容で……」

「決まりですな」


 条約の仮内容を大臣らと協議して、ヘーズトニア王は納得できるものだとうなづいた。平和で豊かな国はガツガツしない。変な要求を押し付けられなかったことに王はほっとしていた。


「ゼアン殿のありようがバーンイトークを表しているのでしょうなあ」

「そうだな」


 あれだけの武力を持ちながら、侵略しようとはしない。穏やかで前に出ようとはせず、ただ大事なものを傷つけられた時は容赦なく敵を蹂躙する。礼節を持って付き合うのなら何の問題もない。


「ではこれを正式なものとして……」


 明日にでも調印式を、と言いかけた時に、会議室の扉が叩かれた。息を切らして入ってきたのは、何だか見覚えのある騎士だ。全員が苦虫を噛んだような表情をする。会議室の反応を見た騎士は、言っていいのかどうかちょっとためらった後、意を決して叫んだ。


「ロ……ロルシ伯爵より急報! ワイラとの国境で問題が起こったと……!」

「「「今度は何だ!?」」」


 皆の声が重なったのは無理からぬことだった。

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