第43話 焼肉パーティ:乱入
ひとまずの危機は去った。
クーデターを企てた王妃は捕らえられ、ケスハーンも憑きものが落ちたように大人しくしている。国境を破ったワイラ軍は壊走し、その後の動きはない。突然現れた五本角の魔獣は、研究棟を追い出された魔法具師たちの指揮で暗くなってからも解体が続いている。
研究棟や魔法学校はほぼ全壊だが、人的被害は怪我人だけで済んだ。卒業パーティの最中だったので、主だった者は大広間におり、残っていた人数は少なかったのだ。学校も休暇に入っており、こちらもほぼ無人だった。
王宮の被害もたいしたことはなかった。庭や建物は結構壊されたが、大広間で騒ぎが起こっていたため皆そちらに集中していたのである。結果的に爆心地近くには人がいなかった。何が幸いするかわからないものだ。
市街については直接の被害はなく、避難途中でのいざこざや事故が何件かあったくらいで済んだ。
「ニコラも無事でよかった」
「ありがとうございます。お坊ちゃまもお嬢様もゼアン様も、ご無事で何よりでございます」
留学生たちは王宮の広間にいたが、ニコラはもちろん寮にいた。さすがにクーデター騒ぎは知らなかったが、魔獣の出現を見てすぐに寮から逃げ出したらしい。他の留学生の中にも使用人を連れてきている者がいる。ニコラは彼らを指揮して貴重品の持ち出しに成功していた。
「お茶のお代わりは……エルメイン様だけですね」
ニコラは使い慣れた茶器で追加のお茶を入れる。コーネリアの化粧品やドレス、愛用のクッション、エルメインの研究資料なんかもきっちり回収してきていた。侯爵家のメイド恐るべし。
今は王宮で部屋をあてがわれているが、さすがに疲れたのかゼアンはソファで居眠りをしていた。考えてみれば山籠もりからワイラ軍掃討、王都に急行してレガリクス戦である。よく戦い切ったものだ。
コーネリアもクーデター、拉致、塔から転落と異常な状況が続いていた。精神的な負荷は相当だっただろう。ゼアンに寄り添ってぐっすり寝入っている。
二人の手がつながれているのを見て、エルメインが肩をすくめた。
「完全に開き直ったよね」
「別によろしいのでは?」
コーネリアもゼアンももう気持ちを隠そうとしなかった。コーネリアのドレスもゼアンの告白も皆の知るところ。そして国王以下全員が応援ムードである。
「国を救った英雄だもんなあ……」
レガリクスを倒したのはもちろん、ワイラ軍を阻止したのは大金星だ。どちらも王都壊滅、ひいてはヘーズトニアの存亡にかかわる危機だった。ゼアンに恩を感じていない者などいないだろう。
「ニコラ、ベッドを見てきてくれる? ちゃんと寝かせてやらなきゃ」
決してちょっとシャクだから引き離したくなったわけではない。ニコラが出て行って、エルメインはゼアンに向かって呟いた。
「お前が怖がられなくなってよかったよ」
無言の脅しによる恐怖は、英雄的行為で上書きされた。あまりに規格外の実力を見て、もはや人間の尺度で測るのが間違いだと納得されてしまったらしい。自分とはかけ離れた存在だと受け止め、純粋に崇敬の念を抱かれるようになったようだ。神は崇めるものなのである。
もうヘーズトニアでコーネリアに色気を出す者はいないだろう。戦神に守護される乙女だ。覚えを良くしようとは思っても、それ以上は考えまい。
「あとは外交の決着がつけば終わりだな。……さすがに終わるよな?」
中庭事件のあとそう思ってまったく終息しなかったことを思い出し、エルメインは慌てて首を振った。
仮にバーンイトーク王が余計な試練を思いついても、ヘーズトニアの協力は取り付けてある。それに何だかんだゼアンに甘いあのジジイは、本気で孫に嫌われるようなことはしないはずだ。あれこれ考えてみたが、これ以上横槍が入る隙はないように思えた。
「……うん、僕も寝よう」
寝ぼけ眼のコーネリアをニコラに任せ、起きる気配のないゼアンを背負ってベッドに放り込む。それから自分に割り当てられたベッドに行って、エルメインは頭を空っぽにすることにした。
☆
その後は何事もなく戦場の片付けが終わり、建物の整備も終わって学生たちは寮に戻った。研究棟や校舎は廃墟と化していたが、寮は多少の被害はあったが補修だけで済んだのだ。
それから改めて卒業記念と魔獣討伐を祝うパーティが行われ、ルイリッヒが正式に王太子となった。王はその場でコーネリアの婚約が破棄される事を明言し、条約の見直しを行うことを周知した。王都の市民も広場で振舞われた食事に舌鼓を打ち、吟遊詩人の語る英雄譚に酒杯を重ねた。
その傍ら王は国境の守備を固め、王妃を離縁してワイラに同盟関係の破棄を叩きつけた。ケスハーンと貴族だけなら内部のクーデターで済むが、実際にワイラ軍が動いている。そしてレガリクスの出現。意図的か偶然かはこの際どうでもいい。ワイラからの贈り物が王宮を破壊したのは事実だ。責任を追及するのは当たり前。
魔法具の供給を断たれたワイラは、慌てて「軍部の暴走による不幸な行き違い」とか何とか釈明を始めた。しかしそんな言い訳が通用するはずもなく、使者がやってきては追い返される状態が続いている。
「偶然だったとしても、王都が壊滅していればこれ幸いと占領したに決まっている。ケスハーンさえいれば大義が得られるのだからな」
王はそう言ってワイラに対する嫌悪を隠そうとしない。これまでの経緯もあって大臣や国民も同意し、残っていたワイラ派もクーデター騒ぎで一掃された。ヘーズトニアにはもうワイラを擁護する者は存在しない。
「それで殿下は塔の一室で軟禁中らしいよ」
久しぶりに研究室で焼肉パーティをしながらエルメインが言った。さすがに王宮に滞在中にこんなことはできず、ゼアンはジャーキーをかじって延命していた。寮に戻ったのでコーネリアも参加して三人でコンロを囲んでいる。
「このあとは穏やかに暮らして下さるといいのですけど」
「あいつにまで優しくなくてもいいんだぞ」
コーネリアは物見塔で、ケスハーンがカヤミラに手を離せと命じるのを聞いていた。根は悪い人ではないのではと思える。だから平穏くらい祈ってあげても構わない。
対するエルメインは、助け上げた時にケスハーンがカヤミラを大事に抱えているのを見ている。妹を散々振り回しておいて結局他の女を選んだのだから、相変わらず敵意マシマシであった。
「まあ俺はどうでもいい」
ゼアンにとってはもう終わったこと。コーネリアが笑っていればケスハーンなどに興味はない。それよりも今は焼肉だ。一切れ口に入れたゼアンは満足そうに笑みを浮かべる。
「ん。やっぱり美味い!」
「美味っ! 何これ、とろける!」
「脂が甘くて、肉のうまみが強くて……こんなの初めてです!」
鉄板に乗せられているのはバラされたレガリクスのなれの果てであった。白身の肉からはとろりと脂が溶け出して、聴覚と嗅覚を刺激している。
「元々フラリビスは味が絶品なんだ。それの進化形だから美味いに決まってる」
「辺境ではいつもこんなの食ってるの!?」
「フラリビス自体が超レアだって。魔獣も美味いものを知ってるから、生きてるのが見つかる方が珍しいんだ」
「そうなんですね」
レガリクスは最上級の強さだが、進化前のフラリビスはどちらかと言えば食われる側だ。しぶとく生き延びた個体だけがああして強大な力を得られるのである。
三人があまりの美味に黙々と肉を焼いては咀嚼していると、突然誰かがノックもせずにドアを開いた。
「おいっ! 誰が国を獲って来いと言った!?」
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