第42話 凱旋

 こんな小さな敵にここまで圧倒されるとは虹龍も思いもしなかっただろう。


 ゼアンの鎖剣チェーンソードは素材の性質を強く受け継いでいる。レガリクスがそうであるように、魔法を吸収しそれを刃に乗せることができるのだ。


 血を流し、怒りで体色変化を起こしたレガリクスは虹色を赤に変え、体をうねらせてゼアンに突撃してきた。ゼアン本人は避けながら、鎖剣が波のようにレガリクスに襲い掛かる。刃が鱗を削り、片方の髭が切断されて弾け飛んだ。


 レガリクスは刃を回避しようとして跳び、バウンドして転がった。血飛沫が散る。そして再度鱗を逆立て、魔法を放った。地面から次々と石筍が槍衾のように立ち上がる。ゼアンは飛び退いたが、舞い上げられた土で視界を塞がれた。


 そしてその隙にレガリクスがその巨体でぐるりとゼアンを取り囲んだ。押し潰すべく包囲の輪を絞り込む。ゼアンはジャンプし、レガリクスの胴の上を走った。即座にレガリクスが胴を波打たせてそれを振り落とす。


 空中のゼアンにレガリクスの尻尾が飛んできた。ゼアンは間に鎖剣チェーンソードを入れて直撃を避ける。弾き合うようにして双方が距離を離した。着地したゼアンは駆け出し、レガリクスの頭に向かって鎖剣を薙いだ。


 咄嗟に頭を下げたレガリクスの角が途中から断ち切られたが、本体はそのまま地面を這うようにしてゼアンを薙ぎ払おうとする。大きさはそのまま武器だ。落ちていた瓦礫が吹き飛ばされて粉々になった。


「ちっ!」


 押し寄せる巨体と跳んできた破片を避けると、目の前に光弾を複数浮かべたレガリクスの顔があった。脅すように牙を剥いて、光弾が発射される。ゼアンは鎖剣チェーンソードを引き寄せて身を低くし、身を守った。周囲に着弾した光弾が地面を抉り、正面は鎖剣で消滅する。


 ぶわりと風圧を感じて顔を上げると、高々と跳躍したレガリクスがゼアンに向かって落ちて来ようとしていた。


 直撃でなくともあれが落ちてきたら面攻撃だ。逃げてもどこかが当たれば潰せる……そんな思惑が透けて見えた。


 向き直ったゼアンは鎖剣チェーンソードの柄を両手で構え直す。それまで自在に動いていた刃が一列に揃い、かちりと組み合わさった。五メートルを越す長大な剣がそこに生まれる。


「――――うらあああっ!!」


 ゼアンはそれを振りかぶり、落ちてくるレガリクスの頭を真っ向から捉えた。


 レガリクスの威嚇するような呼気、側面で逆立つ鱗の警告音。固いもの同士が激突する音。それらが混じり合って空気を震わせた。


 虹色の光を帯びた大剣がレガリクスを縦に断ち割った。頭から首、胴の途中までを二又に裂かれて、レガリクスが地面に落ちる。ゼアンの左右にレガリクスの半身がそれぞれ投げ出された。尻尾が断末魔のようにしばらく地面を叩いていたが、やがて力を失って動かなくなった。


 ゼアンは大きく息を吐き出し、大剣の血振りをしてから鎖状に戻して巻き取る。それから無造作にぽいっと背のケースに放り込んだ。


 王宮前のエントランスと市街地、息を詰めて見守っていた人々から、つんざくような歓声が上がり王都の空を叩いた。避難喚起の鐘が歓喜の音を奏でる。手や肩を叩き合うざわめきが賑やかな喧噪に変わった。


 ゼアンは伸びをしながら王宮へと歩き出した。依頼は討伐するまでだ。後始末はお任せである。きっと倉庫を破壊された腹いせに、魔法具師たちが素材として切り刻んでくれるだろう。


 エントランスに近づくと、ゼアンを見つけたコーネリアが駆けて来ようとした。転落した時靴を失ったままなのを覚えていたので、ゼアンは慌てて駆け寄って抱き上げた。


「ネリア、裸足じゃ怪我をするよ!」

「だって……」


 横抱きにされたコーネリアは、ゼアンの首に腕を回して抱きしめた。


「よかった。無事で、本当に……」

「ネリア……」


 ゼアンは背を支えている手を伸ばして、声を震わせるコーネリアの頭を撫でる。


「心配させちゃった? 結構頑張ったつもりなんだけど」

「うん。かっこよかった」

「……そっか」


 その言葉だけで戦った甲斐がある。幼い頃のような言葉遣いのコーネリアに、ゼアンも昔に戻ったような気がした。


「やっぱりネリアはちっちゃくて可愛いなあ……」

「もうっ! 恥ずかしいです……」

「靴がないから下ろさないよ」

「……もう!」


 頬を染めるコーネリアに先に宣言する。コーネリアは頬を膨らませて反意を示したあと、表情を柔らかく崩してゼアンを見つめた。


「お帰りなさい」


 ゼアンははっと息を呑み、それから少し赤くなって言った。


「ただいま。……うん、いいな。こういうの」


 その場でくるりと回って、ゼアンはコーネリアと顔を見合わせて笑った。


 ふと気づくと王をはじめ貴族や生徒たち、王宮の使用人などが十重二十重にゼアンとコーネリアを取り囲んでいた。何事かと振り向くと、彼らは次々と礼の言葉を述べ始めた。


「ありがとう!」

「すごい戦いだった!」

「王都を救ってくれてありがとう」

「もう言葉になりません」

「君は救世主だ!」

「伝説を見せてもらった。感謝する!」


 涙を浮かべている者までいる。その中にはゼアンにひれ伏していた者たちもいて、だが今は全員が笑っていた。少し離れた所からエルメインがひらひらと手を振っている。戦いの結果が最初から見えていた彼は、余裕をもって観戦していたので冷静だ。


「はっ! とりあえず死体の片付けと、ゼアン殿に休んでもらう部屋を! それから祝宴だ! パーティをやり直すぞ!」


 ヘーズトニア王が叫び、歓声と拍手がそれに答えた。

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