第41話 鎖剣

 ゼアンは落ち着いていた。レガリクスは魔法攻撃が得意だ。巨体が持つ膨大な魔力を本能で操り、地水火風各種の魔法にして敵にぶつけてくる。おかげでなかなか近づけず、前回は長期戦になったのだ。


 レガリクスの足元――足はないが――から円錐形をした石礫がゼアンに向かって飛んだ。ゼアンはひらりひらりとそれをかわす。レガリクスは続けて獅子を模した民族舞踊のようにぐるりと首を振った。その動きを追うように水が刃を形作って薙ぎ払いに来る。ゼアンはそれも見切った。


 シャアッ、と声ではなく擦過音のようなものが開いた口からほとばしる。見えない風の渦が幾条も襲ってきた。ゼアンは素早くマントに隠れ、気配を読んでそれを避けた。目視できない分避け損ねたものもあったが、それは魔獣皮のマントで防げる。それでも常人なら吹き飛ばされるのだろうが、ゼアンはその場に踏みとどまって即座に立て直す。


「芸達者だな!」


 思うように敵を排除できず、苛立ちをあらわにしたレガリクスが二本の髭を激しく震わせた。体側面の鱗が魔力を帯びて逆立ち、互いに触れ合って共鳴した。その直後、そこから多数の火線が放射状に撃ち出され、ゼアンに向かって収束する。


 ゼアンは鎖剣チェーンソードでそれに対抗した。円を描いて振るわれた鎖剣が襲い来る火線を次々と受け止める。鎖剣に触れた火線は一瞬だけ淡い光を発し、そして消えた。先ほど王宮の壁や屋根を焦がした熱も光も発生せず、無傷のゼアンは鎖剣を斜め下から振り上げた。


「返すぞ」


 白い鎖剣チェーンソードが赤熱して赤い光を放った。魔法を放つため胴を持ち上げていたレガリクスは、灼熱の刃に腹から首へと大きく切り裂かれ、血しぶきを上げながら倒れた。研究棟と魔法学校の校舎がのたうち回る蛇体に潰される。


 レガリクスは尻尾を地面に叩き付けながら、身を低くしてゼアンに怒りの目を向けた。





「何なんだあの武器はぁっ!?」


 王が叫んだ言葉は全員の気持ちを代弁していた。まず奇天烈な形状と規格外のサイズ。使い手も相当おかしいが、レガリクスの火線を受けてびくともせず、その鱗を切り裂いた。魔獣の表皮が強靭なことは知られている。当然ながら五本も角がある魔獣の鱗が柔らかいわけはない。塔を崩してもびくともしなかったのに、ゼアンの攻撃でもう何ヶ所も傷ついている。


「あれはまるで魔法を吸収したように見えましたが?」


 口を挟んだのは魔法具師筆頭、教授であった。頭に包帯を巻いているので、避難途中で怪我をしたのだろう。だがとても元気そうだ。


「吸収した?」


 問い返した王に、教授は興奮冷めやらぬ様子で力説する。


「あのレガリクス……ですか? 奴が魔法具で攻撃された時に似ています。一瞬だけ光って何の効果も発生しない!」

「ご明察です。教授」


 エルメインが言うと、一斉に周囲が注目した。


「あれ、実はレガリクスの背骨なんですよ」

「「「何だとぉ!?」」」


 王と教授以外にも何人かの声が重なった。察した王が雷にでも打たれたような顔でぱくぱくと口を動かした。


「まっ……まさか、アレの討伐経験があるのか!?」

「あっ、三年前に辺境で発見されたっていう?」

「正解だ、エマちゃん。発見したのは実はゼアンなんだ。あれはその時のレガリクスを加工したものだ」

「それであんなに詳しかったんですね!」

「背骨か……それであんな鞭のような形状に?」


 今度は騎士団長が割って入った。両刃に加工した骨片をワイヤーか何かで鎖状につないだものだ。きちんと並べれば剣の形になるだろうが、あの挙動を見ていると剣というより鞭。


「ええ。使い方は鞭っぽいですよね。でも刃がついているので一応剣らしいです。ゼアンは鎖剣チェーンソードって呼んでました」

「もしかして……伸びるんですか、あれ?」


 割り込んできた四人目は魔法学校の生徒だった。エルメインはすぐに誰か思い出した。魔獣討伐の斡旋をした相手だ。


「君はジラティ・ロルシ伯爵令息だね。もしかして見たのかい?」

「はい……あの時は何がなんだかわからなかったんですが」


 その時使っていたのはゼアンが普段から持ち歩いていた剣の方だ。間合いが異様に広いことだけはわかったが、剣筋を見切ることができず意味不明だった。だがあの大きさならまだ見える。


「背中の一番太いところをあの鎖剣に、尻尾の先を普段使いにしたんだって聞いたな」


 魔法具師である教授と騎士団長が興味津々に食いついた。


「一体どんな加工をしているんだ? 魔獣の能力がそのまま残っているのか?」

「魔法具ではなく武器に……その発想はなかった!」

「僕もゼアンも加工方法は知りませんよ」


 エルメインはしれっとそこで話を切り上げた。教授が鋭い指摘をしたからばらしたが、情報開示はここまでだ。


「お知りになりたければ、来月来る予定の外交官にお尋ねください」


 知らないのは本当だ。加工方法を知っているのもその技術を持つのも、アンサト領の鍛冶師だけだ。金属で武具を作っていた名残で、魔獣素材を使っていても鍛冶師らしい。それを外交カードに使うかどうかは国王の判断だ。


 まあ、もし武器に加工したとしても、身体能力に差がありすぎてあの威力は出ないだろうとエルメインは踏んでいる。魔獣食で上がった身体能力と、見合う強度の武器、そしてそれを余すところなく発揮するための鍛錬。すべてがあってこそのあの強さ。


 自慢の親友なのだ。最愛の妹を託してもいいと思えるくらいに。


 コーネリアは呆けたようにレガリクスを追い詰めていくゼアンを見ている。周りの会話も上の空のようだ。薄っすら上気した頬と、熱のこもった瞳。小さく開いた唇はかすかに震えているが、口の端は上がっている。


「……まああれを見れば惚れ直すだろうけどさ」


 あの戦いはある意味ゼアンからの熱烈なラブコール。それはしっかりコーネリアにも届いているようだ。


 恋する乙女は美しい。気の迷いを起こす男が出ないように、エルメインはコーネリアをそっと体で隠した。

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