第39話 双龍激突

 ゼアンはエントランスからやや迂回するルートでレガリクスに近づいて行った。初手で遠距離攻撃をされた時、流れ弾が当たらないようにだ。


 研究棟に巻き付いて周囲を警戒している虹龍。理由はだいたいわかる。あそこには魔獣素材がたくさんあるからだ。魔力を保持したまま保管されている素材は、レガリクスにとっても手頃なおやつとなる。魔獣は普通の生き物も襲うが、魔獣も好んで食べるのだ。


 おそらく魔力の充満する倉庫に置かれていたせいで、進化が促進されたのだろうとゼアンは考える。


 ワイラがそれを知っていたかどうかは謎だが、これはヘーズトニアとワイラの問題であり、そこに介入する必要はない。


 ゼアンが近づくと、レガリクスは先ほど自分に蹴りを入れた相手と知ってか牙を剥いてガラガラガラと威嚇音を上げた。ゼアンは背から伸びる武器の柄に手をかけ、じゃらりと引き抜く。


 投げ出されたそれは、白い骨を連ねた十メートル近い長さの鎖。それをぐるぐると巻いて背負っていたのだ。それは暴行事件の現場にいた者ならわかっただろう。ゼアンの腰の剣とそっくり同じ造りだ。


 ただサイズが全然違う。連ねた骨片も、先端の切っ先もはるかに大きい。そしてこうしてみればそれは明らかに何かの背骨であるとわかる。


 辺境では武器も防具も魔獣で作る。骨や牙、皮などでできた武具は外に出れば野蛮な粗悪品と思われがちだが、鉄の剣を弾き鋼を噛み砕く魔獣の体だ。弱いわけはなかった。金属より魔獣素材の方が強いから、武具として利用されているのである。


 レガリクスが鎌首をもたげ、身を引いた。建物を巻いていた体をほどいて戦闘態勢になる。赤い目が小さな獲物にじっと狙いをつけた。


「――来い」


 ゼアンの顔に野獣の笑みが浮かぶ。直後、突っ込んできたレガリクスをゼアンが鎖剣チェーンソードで迎え撃った。





 ヘーズトニアの王都は湖を背景にして王宮があり、その前に市街地が広がっている。夏にはその湖で釣りをしたり舟遊びをする市民がいたりと風光明媚な場所だが、現在その王都は魔獣の出現によって蜂の巣をつついたようになっていた。巨大な魔獣は、王宮の外からでも余裕で目撃されていたのだ。


「落ち着いて! 大丈夫だ! 落ち着いて避難するんだ!」

「老人と子供を守れ! 荷物は最低限だ! 生活は国が保障する!」


 市街警備の兵士たちは必死で市民の誘導に当たっていた。注意喚起の鐘と怒号が止まない。王宮からも応援の兵が来ており、荷車に家財道具を積もうとする男を追い立てて移動させたり、どさくさ紛れに商店から物を持ち出そうとするコソ泥の警戒に当たっている。


「あれもワイラから来たの?」


 母親に抱かれた半泣きの子供が尋ねる。それを耳にした兵士はぎくりとしてしまった。


「そんなわけないわ。だってワイラはもっとずっと北にあるのよ」


 避難の列に並びながら母親がそう答える。ここ数年ワイラから魔獣の侵入が増えているという大人たちの話を聞いて、そんなことを思ったのだろう。周囲の市民たちも微妙な表情になっている。国境から侵入したのなら、ここへ来るまでにとっくに発見されていたはずだ。


 だからワイラから来たはずはない……というのは常識的な返答である。だが兵士は嫌な符号に気付く。


 魔獣が現れたのは魔法学校の研究棟。わりと最近、そこにとぐろを巻いた蛇の魔獣を運び込んだ覚えがある。同じものではないと思う。大きさも違うし、あれは死骸だったはずだ。でも気になる。


 研究棟が自分の巣だといわんばかりに堂々ととぐろを巻いている魔獣を、兵士はまじまじと観察してしまった。やっぱり似ているのだ。あの真珠を思わせる虹色の鱗とか、背中の二列の棘だとか。


「あっ」


 魔獣が首をもたげ、警戒もあらわに体勢を変えた。威嚇音は市街地まで響き、地面の方へ向かって激しく動き出す。ここからはよく見えないが、何者かと戦闘が開始されたのは間違いない。志願した有志か、上からの命令で突撃を余儀なくされた決死隊か。


 箱の中の蛇でさえ対峙するのは嫌だと考えたことを思い出す。今避難誘導に駆り出されて、あそこで戦えと言われなかったことに安堵し、同時に兵士は若干の罪の意識を感じる。


「……頑張れ――っ!!」


 自分は応援しかできない。つい声を張り上げてしまった。王宮の方を見て、兵士が叫んだ理由に気付いた人々も、一緒になって叫んだ。


「頑張れー!」

「頼む! 勝ってくれーっ!」

「魔獣なんかやっつけろー!」





 遠くからなら声援を送る余裕もあるが、もっと近場の見物人は応援どころではなかった。はっきり見えてしまうのも良し悪しである。


「う……わあ……」


 相変わらず王宮のエントランスには観客が集まっていた。避難してきた使用人たちもそこに加わっている。市街地では退避を促す鐘が延々と鳴り続けているが、この絶好の見物席から動く者は誰もいなかった。コーネリアがここにいるからである。


 ここで見ていろとゼアンは言った。つまりここは安全なはず。


 ゼアンを一番知っていそうなエルメインは、コーネリアと並んで動かない。彼が妹を溺愛しているのは有名なので、危険ならば連れて逃げるはずだという妙な信頼もあった。


 遠くへ逃げればいいのだろうが、状況がどうなるか見えないのも怖い。そんな心理もあって見守っていた人々は、両者の激突に盛大にため息を漏らした。


「すごい……」

「一体何なんだあれは」


 王宮はそれなりに広いので現場とはある程度離れている。だから俯瞰で見ることができているのだが、ゼアンとレガリクスは正面からやり合っていた。つまりスタンド&ファイト。あの巨獣に一歩も引かず、噛みつきを跳ね飛ばし突きかかる角をいなして、尻尾を打ち返す。


「信じられん」

「人間があそこまでやれるのか」


 畏怖と希望が混ざり合った声。いまだ大陸各所で被害を出し続けている魔獣に、人がここまで抗えるのだと知らしめるのはたった一人の少年。


 ゼアンの操る白い鎖剣チェーンソードが淡い光を放ってうねり、まるでもう一体の蛇のように見える。鋭く突き立った先端が、レガリクスの顔に裂傷を刻んだ。


「あっ!」


 先にダメージを与えたのはゼアン。レガリクスは髭をばしばしと打ち鳴らし、体をしならせて後方へ跳んだ。鱗が逆立ち、全身が虹色の輝きを帯びた。美しくもあるが、前回このあとに何が起きたか皆見ている。


「魔法が来る!」


 悲鳴のように誰かが叫んだ。

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