第35話 虹龍
魔獣の強さを大まかに見分ける方法は、角の数を数えることだ。魔獣は角の本数が増えるほど強くなる傾向がある。基本的には本数は種族である程度決まっていて、稀に変異種と呼ばれる個体が平均以上の本数を生やしていることがある。
ネズミやモグラの形態の魔獣は角を持たず、最低ランクに分類されている。狼や猪は一本。虎や熊など中型サイズになるとだいたい二本で、
大広間にいた人々も異常な破壊音に表に出て、異変の元凶を目にしていた。
「五本角だと……!?」
研究棟をぶち破って現れたのは、建物を二巻きしても余るような巨大な蛇だった。いや、五本もの角を頭部に持ち、背に大小の棘がびっしり並ぶ姿はもはや蛇というより竜の一種のように思える。虹色の鱗は神々しいほどに輝いており、角の根元から生えている長い髭と側面の鱗が擦り合わされて激しい威嚇音を上げた。
蛇竜がのたうつ度に壁が崩れ、建物から人々が転がるように逃げ出す。
「何故……何故あんな巨大な魔獣が!?」
そこで王ははっと思い出した。最近ワイラから素材だと言って魔獣が丸ごと送られてきたことを。まるで魔力の塊のようだと魔法具師たちは大喜びしていたらしいが、フラリビスというとぐろを巻いた蛇の死骸だと聞いた。研究棟の倉庫に納められたはずだ。
王は王妃を振り向いた。もはやワイラに対する信用は地に落ちている。
「まさかあれもワイラの仕業か? 仮死状態の魔獣を送ってきたのではあるまいな!?」
「知らない! 妾は知らないわッ!」
王妃は真っ青になって首を振った。
「もしあの死骸が生きていたとしてもフラリビスはあんなに大きくなかった! 違う魔獣よ! 関係ないわ!」
「……レガリクス」
ゼアンがぽつりと呟いた。エルメインが振り向く。
「あれが?」
「ああ。間違いない。あそこにフラリビスの死骸があったというなら確実だ」
王がその会話を聞きとがめた。
「やはりフラリビスと関係が……」
「関係ないと言っているでしょう! それより逃げないと……」
「黙れッ!」
半狂乱の王妃を一喝して、王はゼアンに尋ねた。
「ゼアン殿はあれの正体を知っているのか?」
「ええ。フラリビスが一定の条件を満たすとああなるんです。おそらく進化のために休眠状態だったのを、死骸と勘違いしたんだと……石みたいになって完全に活動を停止するので」
「なんと……」
「我々はあれを虹龍……レガリクスと呼んでいます。ご覧の通り二本角のフラリビスとは完全に別物なので。辺境でも三年前に初めて発見された超希少種です」
虹龍の鱗が逆立ち、その輝きが増した。巨体が光を放っている。
「伏せて!」
ゼアンが叫び、慌てて皆が頭を下げた。
虹龍から複数の魔法が放たれた。炎が流星のように王宮に降り注ぎ、整えられた庭園に穴を開け屋根と壁を焦がした。爆音と悲鳴がこだまする。
「く……これでは王都が滅茶苦茶にされてしまう!」
被害はまだ王宮と魔法学校の敷地内に収まっている。だがあれが町へ出ようとしたら止める術はない。ヘーズトニア王の悲痛な叫びを聞いて喜色を浮かべたのは王妃だ。
「そうだわ! ワイラに救援を求めれば良いのです! ケスハーンを王にすると言えば助けてくれるわ!」
「ふざけるなッ!」
勝手な言い分に堪忍袋の緒が切れたのか、ついに王は手を上げた。王妃を殴りつける。王妃は倒れたが、燃える目で王をにらみ返した。
「あんな女の息子を王太子にするなんて言うから罰が当たったのですわ! ケスハーンという立派な息子がありながら! ワイラを蔑ろにして!」
王は無言で合図し、騎士の一人が眉を寄せて王妃に猿轡を噛ませる。王妃はもがもがと意味不明の音を叫び続けていたが、誰にも通じないと気付いて静かになった。
「何か弱点はないのか?」
藁にもすがる思いで王は専門家の意見を求めた。だがゼアンの返事は王をさらに絶望へ突き落した。
「レガリクスは魔法攻撃を吸収します。なので物理で殴るのが手っ取り早いかと」
「……無理だ!!」
ゼアンが言うのは直接槍を持って突撃しろと言うに等しい。あんな巨体に近づいたら、攻撃する前にやられてしまう。傷をつけるだけでも何人もの命と引き換えねばなるまい。
王は頭を抱えた。これではせいぜい決死隊を募ってどこか被害の少ない方向へ誘導するくらいしか手がない。王は会話を聞いていた背後の貴族たちが、ゼアンに期待の目を向けていることに気付いていなかった。
「……ケスハーン!」
不意にゼアンが鋭い声を上げた。会場からコーネリアを連れて逃げたのはわかっている。兵士が探していたがこの騒ぎで今はうやむやになっている。だからケスハーンがレガリクスから逃げようと動き出すのをゼアンは待っていた。
「物見塔か!」
エルメインも気づいた。
王宮のはずれの物見塔のバルコニーに、ケスハーンがいるのが見えた。その近くでコーネリアの金髪が光にきらめく。
「コーネリアを助けにいきます」
言い捨てるとゼアンの姿が一瞬で消えた。
「僕も行く!」
追いかけるようにエルメインが走り出した。ゼアンは最短距離を取るべく壁や屋根も使っての三次元機動だが、エルメインはそこまでのことはできない。だがゼアンだけに任せてはいられなかった。研究棟に近い物見塔に、触れんばかりにレガリクスが動き回っているのだ。
「間に合え……!」
走りながら物見塔を見るエルメインの目に、頭をもたげたレガリクスに魔法具を向けるケスハーンの姿が映った。
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