第34話 転覆 3

 特に目的もなく転戦していたゼアンだが、日数はちゃんと数えていた。


「いい加減戻らないとな」


 大分頭も冷えた。せっかくのエルメインの卒業パーティだ。ちゃんと話をしてわだかまりを解いてから参加したい。


 コーネリアは怒っているかもしれない。それとも泣いていたらどうしよう。


 少々焦りながらゼアンは王都に戻るため山を下りた。


「ん……?」


 差し掛かったのは丁度ロルシ伯爵の領地だ。だが街道の方で集団が交戦しているのが見えた。片方は見覚えのあるロルシ伯爵の領軍の装備。もう片方は剣を持つ鷲のエンブレムを描いた甲冑。


「ワイラ軍!?」


 同盟国相手に国境侵犯してきたのかと驚く。本格的な戦争をするには数が少ないが、ワイラから離れつつあるヘーズトニアへの脅しだろうか。何にせよ被害は免れない。


 バーンイトークの王族の端くれである自分が関与していいものかと一瞬思ったが、どうせ元々ワイラと母国は仲が悪い。ロルシ伯爵は知らぬ相手ではないし、魔法の爆発を見てゼアンは介入を決めた。ワイラ軍は魔法具をロルシ伯爵軍に放ったのだ。


 魔獣を殺すための武器を人に向けるなら、自分も遠慮はしない。腰の剣ではなく、背負った対魔獣用の武器に手をかける。


 指揮を執っているロルシ伯爵に向けて魔法具から魔法が撃ち出された。ゼアンはひとっ飛びにその前へ割り込む。


「ロルシ伯爵! 助太刀します!」

「ゼアン殿!?」


 容赦なく振るった愛剣が、伯爵を狙った魔法を切り裂いた。





「……ということがありまして」


 パーティ会場に礼服ではなく、革製のコートにフード付きマントという傭兵のごとき格好で現れたゼアンは、若干居辛そうな顔で説明した。


「それではワイラ軍は……」

「すでに壊走しております。ロルシ伯爵がほとんどを捕虜にしていますよ」


 皆が呆気にとられる中、縛られた王妃がヒステリックに叫んだ。


「嘘よ! さっき知らせが届いたばかりなのよ!? なのにもう全滅なんて……」

「俺が早馬に追いついただけですよ」


 事も無げに言い返されて、王妃は呆然と崩れ落ちた。


 ゼアンだってできればパーティに間に合いたかったのだ。戦闘終了後、何度も礼を言うロルシ伯爵を急いでいるからと振り切って、最速で王都まで帰ってきた。本当なら身支度を整えてから来るつもりだったが、兵士が走り回って何やら起こっているようだったので、ひとまず会場へ駆けつけたのである。


「お前という奴は……」


 エルメインは呆れてものが言えない。ふと父が辺境伯について漏らした言葉を思い出した。


「辺境伯はとにかくんだそうだ」


 武の才、それを発揮する場所、相手、時の運……とにかくそういったもの全部、ということらしい。ゼアンの外見は母親似だが、中身は父親似だとエルメインの父は言っていた。


「お前もか……!」


 何故傷心旅行の先でピンポイントに交戦中のワイラ軍にぶち当たるのか。しかもガッツリ本気装備の状態で。魔獣討伐に行った時でさえ、ゼアンが持って行ったのは腰の剣だけだったのに。到着時間を考えても、おそらく鎧袖一触に蹴散らしてきたのだろう。


「それで、これは一体どういう事態だ?」


 ゼアンが聞いた。王妃と何人もの貴族が縛り上げられ、カーペットがひっくり返って会場は騒然としている。問われたエルメインが答えた。


「パーティの最中にケスハーン殿下が乱入して来て……」


 そこまで言ってエルメインははっとした。そのケスハーンがいない。王も気付いたらしい。すぐに声を張り上げた。


「ケスハーンはどうした!?」

「それが、申し訳ありません!」


 身分の高い客ばかりの中魔法具まで持ち出され、カーペットごと罪人たちがひっくり返されて兵士たちも慌てていたらしい。コーネリアの前まで出てきていたケスハーンは、一人だけ違う方向に転がされたらしく兵士たちも姿を見失っていた。


「エルメイン様あ! コーネリア様がケスハーン殿下に……!」


 そこへ顔にあざを作ったエマが、回廊の方からふらふらとやってきて半泣きで叫んだ。




 ケスハーンはコーネリアの手を引いて必死に走っていた。断然優勢だと思っていたのに、文字通りひっくり返された。ゼアンがいないと安心していたらエルメインにだ。


「くそっ、お前の兄貴はどうなっているんだ……!」


 コーネリアは黙して答えない。多分ゼアンと焼肉パーティをやっていたからだが、ケスハーンに教えてやる義理もない。無理矢理走らされており、そんな余裕もなかった。


 途中気づいたエマが追ってきたが、ケスハーンが殴り飛ばした。魔法具で撃たれなくてまだ良かったが、女の子の顔に傷が残ったらと思うと腹が立つ。


「ケスハーン様、この女を人質にして早く逃げましょう」


 兵士が捕縛に走った時、倒れたケスハーンを助け起こし回廊へ誘導したのはカヤミラだった。転がっていた魔法具を拾ったらしく、今はコーネリアにそれを向けながら一緒に走っている。


「逃げる? 冗談を言うな。我は王だ!」

「ではどうするのですか」


 ケスハーンはコーネリアを引きずるようにして王宮の端にある階段を上がって行った。息を切らして遅れるカヤミラを叱咤して、てっぺんを目指す。


「ここ……は……」


 ドレスにヒールで走らされたコーネリアは、肩で息をしながら床に座り込んで周囲を見回した。小綺麗な調度品が置かれた小部屋だ。大きな窓があってバルコニーに出られるようになっている。


「物見塔だ。ここなら援軍が来たらすぐわかる」


 兵士が監視に使うものではなく、王族が城下の景色を楽しむための場所だろう。


 ゼアンが来る前にパーティ会場を去ったケスハーンは、頼みのワイラ軍がすでに壊滅していることを知らない。援軍が来るまで隠れていれば何とかなると考えたのだ。守るにしてもここなら階段を上れるのは少人数。誰か来ても魔法具で撃退できる。


「さすがケスハーン様! それならきっと逆転できますわね!」


 カヤミラが手を叩いた。


 ケスハーンはカヤミラに階段を見張るよう言い、コーネリアを連れてバルコニーに出た。すぐそこに魔法学校の屋根が見え、正面には正門につながる大通りがある。左右には家々の屋根が並んでいるのが見渡せた。


「しかしまだ影も見えぬか……」


 ケスハーンが呟いた直後、すぐそばから爆砕音がした。魔法学校の研究棟の屋根が吹き飛び、そこから虹色に光る何かが見える。


「なっ……何だあれは!」


 するすると鎌首をもたげたのは、頭部に五本の角を持つ巨大な蛇体の魔獣だった。

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