第33話 転覆 2

 攻撃用魔法具とは、魔獣が魔法を使う原理を応用し、放出型の魔法を再現した武器である。直径十センチ、長さは一メートルほどの筒に持ち手がついた形状をしており、筒先から魔法を撃ち出す。


 魔獣を倒すことを目的としているため、攻撃範囲や威力は弓とは比較にならない。代わりに内部の魔力を使い果たすと壊れる、高価な使い捨て兵器であった。


 ケスハーンの側にいる兵士はほぼ全員がそれを構えていた。


「う……」


 こちら側の兵士はこれでは身動きならない。魔法具のいくつかは、壇上の王とホールの客に向けられているのだ。盾を持って飛び込んだところで盾ごと吹き飛ばされる。


「ワハハハハ! これでも抵抗するか!」


 兵士がたじろいだのを見て、ケスハーンが嵩にかかって笑った。


「くそ……」


 王が歯噛みして、抱き合う側妃とルイリッヒを背にかばう。魔法具を作っているのはヘーズトニアだが、運用したことはほとんどない。ましてそれを人に向けるという発想はなかった。


「コーネリア! どこだ! 出て来い!」


 ケスハーンが意気揚々と進み出る。魔法具を構えたまま兵士もそれについて前進した。


「ネリア!」


 エルメインが止めようとしたがコーネリアは首を振り、人垣をかき分けて前に出た。


「ここにおりますわ」

「おお!」


 ケスハーンは一瞬コーネリアに見惚れ、そして少し目を泳がせて周囲を見た。


「……山猿はどこだ?」


 さすがに中庭の件はトラウマになっているらしい。いないと思っていたら天から降ってきたのだ。


「ゼアン様ならここにはいらっしゃいませんわ」

「……本当か?」

「ええ、でも……」


 コーネリアが目線を上げると、ケスハーンははっと上を見て身構えた。天井とシャンデリアがあるだけで別段変わった様子はない。引っ掛けだったと気づいたケスハーンはカッと顔を朱に染めた。


「コーネリア! 貴様、カエル姫の分際で!」

「傲慢で自分勝手! すぐ怒鳴り散らす! 何がそんなに怖いんですの!?」


 ケスハーンはぽかんとする。可憐な顔はにらまれたところで恐ろしくはないが、震えも怯えもせずコーネリアが面と向かって反抗するとは思わなかったのだ。


 実はコーネリアが怒っていたのは、肝心な時にどこへ行ったかわからないゼアンに対してだった。勝手にコーネリアの気持ちを斟酌して、勝手に身を引いて話し合いから逃げた。図らずもエマが言ったヘタレという言葉に同意してしまう。あんなに強いのに、どうして向き合ってくれなかったのか。どうして守ってくれないのか。


 せっかくのドレスを見てもらえないのも、襲撃されたことも、ここでケスハーンに迫られているのも全部ゼアンのせいだと、理不尽な怒りが沸き起こって止まない。その勢いのまま八つ当たり的にケスハーンを怒鳴りつけたのである。


「怖……っ? 怖くなどあるかッ! 我は王になるのだ! そうなれば条約の見直しなどせぬ! 婚約も継続、お前はヘーズトニアの王妃になるのだ!」

「お断りいたします!」


 ノータイムの拒否にケスハーンは絶句した。


「わたくしはあなたの妻にはなりません! 絶対嫌です! 死んでも嫌です! わたくしはゼアン様の……!」


 そこでコーネリアは詰まった。可愛いとは何度も言われた。だが愛していると言われたことはない。常識ある紳士なら婚約者のいるコーネリアにそんなことが言えるわけはない。だが婚約破棄の承諾をもらったあとに、彼は――――。


 結局まだ何の約束もしていない。そう気づいたコーネリアの勢いが止まる。


「この……!」


 ケスハーンが逆上して手を伸ばし、コーネリアはとっさに身を縮めた。


「よく言った! ネリア!」


 その瞬間、尋常ではない速度でエルメインが飛び出してきた。そして床に伏せ、力任せにカーペットを引っぺがした。


「うわっ!」

「なっ!?」


 入口から入ってきたケスハーン一行の足元には、奥の演壇へ向かって歩行路を示すレッドカーペットが敷かれていた。普通ならただでさえ重いカーペットを、その上に十数人が乗ったまま引き剝がすなど到底不可能だ。だがゼアンに便乗して魔獣食の効果を試していたエルメインは、辺境民に並ぶ反射と膂力を手に入れていた。


 魔法具を構えていた兵士も、王妃も貴族たちも、足元をすくわれて一斉に倒れた。


「今だ!」


 その隙をにらみ合っていた警備兵が見逃すはずがない。次々と飛び掛かり、武器を取り上げ捕縛する。


「ええい、無礼者! お放しっ!」


 王妃の叫びが聞こえるが、もはや反逆者となった彼女に従う者はいない。


「エルメイン殿」


 演壇から王が下りてきてエルメインに声をかけた。エルメインは王に向かって礼をする。


「おかげで被害を出さずに済んだ。感謝する。しかし一体どうやって……?」


 投げ出されたレッドカーペットに王は呆れた視線を向ける。エルメインは艶然と微笑んだ。


「……火事場の馬鹿力というやつでしょうか」


 さすがに事実を言うことはできない。それに実験してみてわかったが、反射や筋力がいくら上がろうとも、その状態で戦闘をしたことがないエルメインには身体能力を十全に生かすことはできなかった。だから捕縛はプロに任せたのである。ゼアンと違って、エルメインは武芸に関しては人並みだ。


 王は苦笑して追及をやめ、真顔になった。


「まあ、これ以上は聞くまい。それよりワイラ軍に備えなければ」


 王都に入り込まれ、残ったワイラ派に呼応されると面倒なことになる。王は改めて命令を下そうと近衛と騎士団の長を呼ぼうとした。しかしそこに声がかかる。


「ご安心ください。ワイラ軍は来ません」


 王とエルメインが覚えのある声に振り向くと、大広間の入口に野戦装備のゼアンが立っていた。

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