第30話 助言

 コーネリアが勉強会を始めてから、留学生用と平民用の二つの寮は、互いの往来も多くなっていた。学校は休暇中だが、卒業パーティが終わるまでは寮にいる学生も少なくない。そんなわけで、エマは仕送りのおすそ分けとか勉強の質問があるとか、何かにつけて留学生寮を訪れていた。来ればコーネリアに会えるからである。


「ごきげんよう、エマさん」

「コーネリア様、いつもながらお綺麗でいらっしゃいます!」


 熱のこもった目でコーネリアを見つめるエマに、他の留学生たちは生暖かい目を向ける。一階の談話室は誰でも使える寮生全員の居間兼客間だ。参考書を読んだり、お茶をしたり、友人とまったり過ごしている者もいる。頻繁に顔を出すエマはもはや常連だ。


 勉強や作法を教えてくれ、平民のために怒って優しく気遣ってくれるコーネリアが、エマは大好きだ。好きすぎて若干言動が不審になることもあるが、理解ある周囲は見ない振りをしてくれる。


 そんなカエル姫改め妖精姫ファンは、椅子に座るなり言った。


「……何かありました?」


 コーネリアはお茶を勧める手を止めた。淑女の嗜みとして外には出さないようにしていたつもりなのに、エマは何か気付いたらしい。


「綺麗な人は憂い顔も美しいって言いますけど、そんなの嘘です。絶対笑ってる方がいいに決まってるじゃないですか」

「エマさん……」

「私にできることがあれば何でもします。話すだけでも気分が楽になるかもしれません。絶対誰にも言いませんから!」


 親身になってくれる友人というのは初めてで、コーネリアの淑女の仮面は剥がれ落ちた。


「実は昨日……」


 誰かに聞かれないよう端っこに寄って、コーネリアは離宮の帰り道でゼアンに言われたことを打ち明けた。夜に兄が何かしていたみたいだが、結局何も言われなかった。ゼアンに会いたかったが、今日は朝から出かけていて顔も見れていない。


「ゼアン様がどうしてあんなことをおっしゃったのか、わたくしはあの方にどう思われていたのか……不安で、どうしても気になってしまって」

「むむ……」


 エマは顎に手を当てて難しい顔でしばし考え込んだ。色々と知ることを照らし合わせ、想定できる可能性を探す。ゼアンがコーネリアを疎んじるなどあり得ない。ならば理由は別にある。


 コーネリアの話から当たりをつけ、ある程度納得のいく仮説を組み立てたエマは難しい顔のまま顔を上げた。


「ええっと……コーネリア様は、ゼアン様のこと、どう思ってらっしゃいます?」

「どう……って……」

「可愛ッ……!」


 ぱっと頬を朱の色に染めたコーネリアを真正面から見てしまい、エマは胸を押さえてテーブルに伏せた。が、すぐにばっと顔を上げて言い直す。


「ち、違います! それはもうわかっておりますので! そうではなくてですね……」

「わかってる!?」

「あっ、お気になさらず!」


 コーネリアが焦って頬を押さえ、エマは慌てて首を振った。


「……ではなくてですね。コーネリア様はゼアン様が恐ろしくはないですか?」

「どうして? あの方が恐ろしいわけありませんわ」

「ですよねー」


 きょとんとするコーネリアにエマはうんうんとうなづく。そして声を潜めて言った。


「……ゼアン様、意外とヘタレだったのでは?」

「……はい?」

「ええっとですね、ゼアン様は国境の領地で随分ご活躍だったそうで」

「魔獣討伐をお手伝いなさったと聞いておりますわ」

「聞くところによると、それはもう戦神か何かという強さだったそうで」


 エマはソフトな言い回しで言う。実際の噂は化け物じみてるとか人間じゃないとかそんな感じだったのだ。


「ええ。辺境の民は一騎当千。お父上もバーンイトークの守護神と言われておいでですのよ。ですから暴行事件の時も誰も心配しなかったのですし」

「あー、なるほど。お国では皆さんそういう感覚なのですね……」


 何の疑問もなく笑顔で肯定するコーネリアに、エマは嘆息した。


 百年の平穏でバーンイトーク国内も辺境の意義を忘れかけていたのだが、例のワイラ侵攻があって意識改革が行われた。規格外の力を見せつけられた国民は、辺境伯が王女を娶ったこともあって頼もしい味方として喜び、受け入れたのである。


 しかし他国であるヘーズトニアではそうはいかない。下手をすると敵になりうる力なのだ。警戒が先に立っても仕方がない。


 エマはそのあたりをコーネリアに説明した。


「あんなにお優しい方ですのに……」

「中庭で噴水を破壊した時は、マジで怖かったです。めちゃめちゃ怒ってらっしゃいましたし」

「それは、でもわたくしのためで」

「わかっておりますとも。私だってできることならぶん殴ってやりたかったですもん! 石像で勘弁してやったゼアン様は十分慈悲深いですわ。でも、それでも恐れる人はいるのです。特に、ケスハーン殿下の味方だった方々とか」


 直接手を出した者たちは王から罰を受けている。だがそれを逃れた者は罪の意識から報復を恐れ、今でも落ち着かない気持ちでいるのだという。


「ゼアン様はそのように人から恐れられる男は、コーネリア様の側にいない方が良いと思われたのでは」


 コーネリアは口元を押さえて絶句した。


「コーネリア様のお美しさも認められたことですし、きっとこれから社交界で活躍なさるでしょう。ですが自分がいたら誰も近づいてこないとお考えになった可能性が」

「そんなの、気にする必要なんてありませんのに!」

「もちろんです! ゼアン様あってのコーネリア様、コーネリア様あってのゼアン様ですわ! まったく、殿方はいらぬ気を回すもので……はあ、でもそれもコーネリア様を思えばこそ……すれ違いもまた尊い!」


 推しの恋愛事情に萌えまくるエマ。ゼアンはコーネリアを輝かせる最高のパートナーだ。エルメインでも美しさは天元突破するが、コーネリアが乙女らしく恥じらう可愛らしい様子はゼアンがいなければ見られない。ゆえにコーネリア推しのエマはゼアン推しでもある。


「わたくし、ゼアン様とちゃんとお話ししないと……」

「是非そうなさいませ! 応援しております!」


 しかしその日ゼアンは寮に戻ってはこなかった。翌日になってエルメイン宛のメモが発見され、それには当分戻らないと記されていたのだった。

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