第28話 受け入れられない言葉

 コーネリアは予定の授業を終えて迎えを待っていた。今は実技指導を兼ねて時間つぶしのお茶会をしている。


 卒業パーティまでに側妃と第二王子の立ち居振る舞いを矯正して欲しい。それが王の依頼だった。今まで正妃の権勢に押されてほとんど表に出ることのなかった彼らは、目立たぬよう控えめにという態度が身についてしまっている。ルイリッヒを王太子にするのだから、それでは困るというわけだ。


 大国の侯爵令嬢であり完璧な淑女と定評のあるコーネリアなら、指導にふさわしいだろうということで、こうして離宮にきている。


「いと高き方々は、ここまで気を使わないといけないのねえ……」


 おっとりとため息をつく側妃は、ヘーズトニアの元伯爵令嬢だ。穏やかな性格で才走った印象はないが、包容力と人を安心させる雰囲気がある。コーネリアはそこを高く評価していた。


「側妃様はそのままでも国母にふさわしくいらっしゃいますわ」

「まあ、ありがとう。急に陛下と公務にと言われて、私も戸惑っているの。コーネリア嬢のお墨付きがあるなら安心だわ」

「僕の方はまだまだで……」

「ルイリッヒ様も努力なさっています。お披露目には十分間に合うでしょう」

「ならよかった」


 第二王子ルイリッヒもまた、ケスハーンとは真逆の大人しい少年だった。王としての実務はヘーズトニア王が仕込むのだろうし、コーネリアは見た目を整えれば良い。


「お迎えがいらっしゃいました」


 侍女が呼びに来て、コーネリアは立ち上がり挨拶をする。


「それでは本日はこれにて失礼いたします」

「あっ、なら表までお送りします」

「ではお言葉に甘えさせていただきますわ」


 ルイリッヒにはこれも練習だ。来年から魔法学校に通う予定なので、そこで女生徒をエスコートすることもあるだろう。とにかく場数の足りない彼に、慣れてもらうのも大事だ。


 迎えにきたゼアンと交代して、ルイリッヒは離宮に戻っていく。最初はぺこりと頭を下げたりしていたので、慌てて訂正したりしたものだ。


「お疲れ様、ネリア」

「お迎えありがとうございます、ゼアン様」


 ゼアンの手を取って庭園を歩き出す。のんびり散歩しながら帰る時間は楽しい。


「ルイリッヒ王子はいい人みたいだね」

「ええ。側妃様も可愛らしい方で、わたくしにも気を使ってくださるの」

「そうか」


 コーネリアは庭の薔薇を指差して言う。


「ほら、あれはわたくしが教師役に決まった時に、わざわざ植えてくださったのですって。お母様が白薔薇と呼ばれていたから、それにちなんで……」

「そうなのか。とても綺麗だね。…………ねえ、ネリアは初めて会った時のこと、覚えてる?」

「ええ? もちろんよ」


 王宮の庭園で泣いていたコーネリアをゼアンが見つけ、助けてくれたのだ。思えばあの頃からゼアンはコーネリアを横抱きにして運んでいた。今でも何かあるとすぐそうするから、色々と恥ずかしい。


「あの時、俺は初めて王都に来て、人の手がかかった庭が物珍しくて見て回っていたんだ。あんな風に景観を美しくするために整えられた庭なんて、見たことがなかったから」

「ああ。陛下にお目通りをするために、お母上とおいでになったのでしたね」


 コーネリアは何となくゼアンの雰囲気がいつもと違うように感じて首を傾げる。


「田舎の山猿っていうのは、あながち間違いじゃない」

「えっ?」


 ゼアンがぼそりと言った。コーネリアは驚いてゼアンを見る。それはケスハーンがゼアンを嘲るために呼んでいた名だ。母の薫陶を受けたゼアンは紳士にふさわしい振る舞いができるし、粗野でも下品でもない。そんな名は全然彼にふさわしくない。


「辺境にはバーンイトークの城やここにあるような綺麗な庭はない。お茶会ができるようなサロンや、紳士淑女が集まるダンスホールもね」

「……どういう意味ですの……?」

「……いや」


 ゼアンは何でもないと首を振った。


「君は王族が指導を乞うような最高の淑女だ。きっとこれからあちこちの夜会に招かれて、大勢の貴族から憧れの目を向けられるんだろうなって。……さっきの、ルイリッヒ殿下みたいに」

「ゼアン様は素敵な貴公子でいらっしゃいますわ! ゼアン様こそご令嬢たちが……」

「それはないかな」


 ゼアンは苦笑する。


「俺は辺境で魔獣と戦うから、夜会に出ることは多分ないよ。国を守るためにも領地を空けることはできない。俺以外に辺境伯を継ぐ者はいないからね」


 ゼアンが次の辺境伯になるのは既定路線。そして人間の都合など魔獣は考えない。いつ何が起きるかわからないから、辺境伯は基本的に領地を離れることはない。王都には邸宅があり家宰が情報収集を行っているが、社交シーズンでも主の滞在は稀だ。当主は年に一度か二度、王へ挨拶に訪れるくらいなのである。


 意味もなく不安に襲われてコーネリアは胸の前で手を握り合わせた。見上げるゼアンは愛おしむようにコーネリアを見ている。ずっと側にいてくれた彼が急に遠くなったような気がした。


「どうして急にそんなことをおっしゃいますの?」


 ゼアンは子供の頃のように、コーネリアの頭を優しく撫でた。


「やっと自由になったんだから、可能性を狭めないでほしい。きっと求婚者が大勢現れる。俺はコーネリアに幸せになってほしいんだ」


 言葉は耳に届いたが、意味は心が受け付けない。コーネリアは呆然と立ち尽くした。

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