第26話 効きすぎた毒

 大きな荷馬車がガラガラと車輪の音を立てて王宮の裏口から入って来る。馬車にはワイラの紋章がついており、同じ紋章を描いた鎧の騎士が同行していた。


「では、よしなに」


 数人がかりで荷を下ろすと、騎士はワイラからの書状を胸に王宮に向かう。それを見送ってヘーズトニアの警備兵はこそこそと囁き合った。


「これ、ケスハーン殿下の擁護のために送られてきた貢物だって本当か?」

「まあ、王妃様はワイラの出身だし、色々と思うところもあるんだろうよ」


 言われた場所に運び込むため荷車に移された箱は、しっかりした作りで厳重に封がなされていた。


「すごくレアな魔獣の素材だって話だが」

「まあ俺たちが見ることなんかないんじゃないか?」


 そこへやってきた上官が兵を叱咤した。


「お前ら! さっさと運べ! 研究棟の教授たちがお待ちかねだぞ!」


 兵士たちは慌てて荷車に手をかけ、別の門に向かう。王宮のすぐ隣にある魔法学校にある魔法具の研究棟だ。魔獣素材は放置していると劣化するので、ちゃんとした設備のある研究棟の倉庫にしまっておくのだ。


 研究棟に到着すると、魔法具師たちが出てきて箱を覗き込んだ。


「中身を確認させてもらうぞ」


 研究棟の魔法具師は全員が貴族だ。兵士が了承する間もなく封がはがされた。一番偉そうな教授と呼ばれる高位の魔法具師に言われ、兵士たちは蓋に手をかけて持ち上げる。


「おお!」


 蓋が開くのももどかしく、隙間から覗き込む魔法具師たち。兵士たちも流れで、直に見るとは思っていなかったその素材を目にする。


 それはとぐろを巻いた大蛇だった。胴の太さは直径三十センチほどもある。虹色の鱗は宝石のようで、巻き込んだ頭には大きな角があり、胴には棘が列を成して並んでいた。目は閉じていてぴくりとも動かない。


 見たこともない魔獣の姿に、兵士は驚いて蓋を取り落としそうになった。教授の一人が手を伸ばして、蛇の体を叩く。コンコンと硬質な音がした。


「ふむ。屍蝋化しているという話だが、固いな」

「全身がこんなに完全な形で残るとは……」

「胴体の方も溶接したようにつながっているぞ」

「だが保有魔力量は並外れている」


 計測器らしきものを向けた一人が口をはさむ。魔法具師たちは計測器を見て「おお」と嘆息する。


「これは慎重に調査して、余さず利用しなければ勿体ないな」

「これだけ魔力が残っているということは、研究すれば素材の保存に役立つのでは」

「内臓もあるのか?」

「それよりこれは相当固いぞ。普通の刃が入るか怪しい」


 教授たちは興奮した様子で口々に話している。だが兵士は違う視点で大蛇を見ていた。


 死体だからいいものの、実際にこんな魔獣に出くわしたらどう戦えばいいのやら。レアな魔獣らしいからそんなことにはならないと思うが、職業上つい考えてしまうのだ。


「ワイラにはこんな魔獣がいるのか……」


 サイズ的にはこれでも中型の分類だが、槍を持って突撃はしたくない。巻き付かれたら逃げられる気がしない。絞め殺されるのは勘弁願いたいし、攻撃用魔法具の一斉攻撃で倒すのが安全だろうか。


「おい、君。これをあそこへ運んでくれ」


 検分は済んだらしい。兵士たちは箱の蓋を閉め、倉庫の空いたスペースへ運び込んだ。


「この辺りでよろしいですか?」

「うむ。ああ、慎重にな。そいつはフラリビスといって非常に珍しい魔獣なんだ。こんな完全なものは二度と手に入らんだろう」


 兵士たちが受け取り票をもらって持ち場に戻ると、ワイラの荷馬車はもうそこから消えていた。





 ワイラからの書状に目を通し、ヘーズトニア王は難しい顔で息を吐いた。眼前の使者に向かって声をかける。


「すぐ返事をしたためよう。しばし待たれよ」


 侍従が使者を案内して部屋を出ると、王は大臣たちに書状の内容を説明した。


「ワイラ王はケスハーンの将来を大変憂慮しておられるそうだ」

「耳が早いですな。王妃様から話がいったのでしょうか」

「おそらくな」

「どうなさいますか」


 大臣が聞いたのは、ワイラは今までヘーズトニアに最も近しい同盟国だったからだ。ゆえに比較的無理難題でもできるだけの配慮を見せてきた。


「国境の魔獣被害はどうなっておる?」


 唐突に聞かれて軍事を担当している大臣が立ち上がった。


「以前よりは落ち着いてきています。……個人的な伝手で、ゼアン殿の手を借りた者もおりまして」

「ああ、アンサト家の戦略を伝授でもしてもらったのか? 辺境伯の嫡男である彼なら魔獣にも詳しかろう」


 大臣の答えは微妙に濁したものだったが、王は素直にうなづいた。さすがに直接討伐してもらったとまでは想像できなかったらしい。


「しかし、侵入自体が減ったわけではありません。新たに援助要請を出しているところもあります」


 男爵などの下級貴族は、元々軍事的に強くはない。庇護を受ける上級貴族に助けを求めるのが一般的だが、余力がなければもっと上に頼むしかなくなる。


「そうか……」


 王が深刻そうな表情で考え込んだので、大臣たちは怪訝な顔をする。王は重々しく口を開いた。


「以前ワイラがバーンイトークに侵攻した時のことだが、魔獣除けの魔法具で魔獣を誘導し送り込んできたらしい」

「なんですと!?」


 場が騒然とする。魔獣除けのそんな使い方など今まで考えたこともなかった。


 魔獣の生息数はヘーズトニアよりワイラの方が圧倒的に多い。何十年にわたってワイラ国内で処理できていた魔獣が、急にここ数年続々とヘーズトニアに侵入している。ワイラの弱体が原因だと我慢してきたが、裏に別の意図があるとしたら。


「魔獣のせいで国境沿いの防備も薄くなっております……!」

「まさかそんな……?」

「しかし昨今の魔獣の侵入をワイラが見逃しているのは事実では」


 議論が巻き起こるが、そこで王が話題を元に戻した。


「ワイラはよほどケスハーンを王にしたいとみえる」


 王の呟きに全員がぴしりと凍り付いた。まだ正式発表もないうちからケスハーンの廃嫡に物申してきたワイラ王国。そして完全にワイラ色に染められた第一王子。


 軍事色の強いワイラはあちこちに野望の手を伸ばしてきた過去がある。ヘーズトニアは早いうちに同盟を結んだからその対象にはならなかった。だが国力が落ちている今、ワイラはなりふり構わずヘーズトニアの実権を手に入れようとしているのではないか。


 エルメインが万全を期して流した毒は、すでに目的を果たしたにもかかわらず遅れて効果を発揮した。バーンイトークの件に関しては嘘偽りなく事実なのがまた質が悪い。


 この情報がなかったら、ヘーズトニアはワイラにここまで強硬な態度をとることはなかったかもしれない。だが一度浮かんだ疑惑は消そうにも消えずに残り続けた。それが良かったか悪かったかは見る角度によって変わるだろうが、会議の結論は出た。


 国王は大臣たちと相談の末、「内政干渉だから口を出すな」という内容を国家間の礼儀にのっとった文書にして使者に持たせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る