第21話 急転直下

 魔法学校の実験室は、一見和やかに見えつつも大変な緊張をはらんでいた。一人は相手の腹を探ろうとして。一人はどこで手札を切るか機会をうかがって。一人はいつ致命的な話題が出るか戦々恐々とし、一人は中より外を気にしていた。


 授業の途中で突然呼び出されたエルメインは、途中でゼアンの教室に寄って同席を求めた。いつ仕込みを使おうかと思っていたところに、丁度いい機会がやって来たのだ。寮から小道具を回収して、二人は校舎の三階にある第一実験室にやってきた。


「留学生がこのように見事な結果を出して、学び舎を解放したこちらとしても喜ばしい」

「お褒め頂き光栄です」


 エルメインは繊細な美貌に見惚れるような微笑みを浮かべ、ヘーズトニア王に丁寧に腰を折った。


 国王と息子のケスハーンはあまり似ていない。年齢のせいで全体がややふっくらした王は、ヘーズトニア由来の灰色がかった茶髪とアーモンドグリーンの目をしていた。肌色も息子と違って薄い。ケスハーンのような尊大さが見られない代わりに、穏やかな振りをしてなかなかしたたかだ。


「それで、詳しいことを説明してもらえるだろうか」

「喜んで」


 エルメインは資料と試作品をテーブルに置き、ゼアンを助手にしてあれこれデータを示しながら解説を始めた。


 わざわざヘーズトニア国王が足を運んだのは、先日教授――魔法具師筆頭から「画期的だ」と絶賛された、モーサバー兄妹の改良魔法具について詳細を知りたいがためだ。


 最近国境線で起きている魔獣被害の増大。それに端を発するワイラとの確執。国土を守るために軍備増強も止む無しかと王の悩みは尽きない。


 魔獣被害の対策として武装の強化は有用であり、今回モーサバー兄妹が発表した試作品は、攻撃用魔法具の出力を上げられる可能性があった。丁度学校は王宮の隣にあり、関係者も試作品も揃っている。直接話を聞こうと王は執務の隙間にやって来たというわけだった。


「というわけで、製作中にコーネリアが特定条件下で起こる反応に気付いたんです。それを聞いて、丁度今考えている魔法具に組み込んだらどうなるかと思いまして……」


 一通り話を聞いたところで、王はエルメインを見た。


「面白い発想だ。モーサバー家では魔法具をよく使っていたのかね?」

「いいえ。私が初めて見た魔法具はこれでしたね」


 さりげなくエルメインが出した短杖を見て、国王の目が丸くなった。


「それは確か古い試作品の……」

「おや、これはヘーズトニアで作られた物だったのですか?」

「随分昔に魔獣除けとして開発されたものだが、魔獣の凶暴化を招くことがあって、危険なので廃棄されたはずだ。何故君が?」

「これは、ワイラが持ち込んだものです」

「何だって?」


 王の表情が動いた。エルメインは気付かない振りで続ける。


「私が生まれる前ですね。ワイラ軍の侵攻がありまして。その時、陽動のためにこれを使って我が国に魔獣を追い込んできたんです。たまたま辺境伯が居合わせたので撃退できましたが、そうでなかったら魔獣被害でひどいことになっていたでしょう」

「そんなことが……」


 王もその侵攻の件は知っている。だが事件の裏でそんな策謀があったことまでは知らなかった。


 侵攻は失敗し、軍を率いていた王子は捕虜になって、ワイラは莫大な身代金を払う羽目になった。ヘーズトニアもいくらか金銭的に援助をしたのを覚えている。ワイラ出身の王妃はバーンイトークを悪役にして罵るが、当時王子は白薔薇を手に入れようと暴挙に出たというのがもっぱらの噂だった。


 傾国の美女、王国の白薔薇。


 王は息子を思い出し、エルメインの美貌を見てこっそりため息をつく。美しすぎるのもいいことばかりではない。バーンイトーク王が姪を国外に出さなかった理由がわかったような気がした。


「それで、エルメイン殿はこの技術に関してどう考えている?」

「魔法学校での成果ですし、教授たちもすでにご存じのことです。お役に立つならどうぞお使いください。当方も詳細はバーンイトーク国内のみに留めるようにしましょう」


 王は笑みを浮かべてうなづいた。将来親戚付き合いをすることになるのが、話の通じる相手で何よりである。


「ところで、抗議の件はどうお考えでしょう?」


 見解の合致を見たところでエルメインが話題を変えた。その瞬間、今まで空気になっていた校長が真っ青になる。


 急に国王が学校にやってきて、エルメインを呼べと言った時には生きた心地がしなかった。留学生は他国の貴族子弟だ。王子の命令とはいえ暴行事件を報告せず、抗議を握りつぶしたとバレたらただではすむまい。


 別件だと知ってほっとしたが、先延ばしになっただけだった。それがついに今やってきた。


「ひっ、あの……わたくしもその……殿下が、ええ、事情がありまして……」

「何を言っている、校長?」

「なるほど、やはり届いておりませんか」


 エルメインが悠然と笑った時、外から重なり合う怒号が沸き上がった。全員が何事かと振り向く。その瞬間、窓がはじけ飛んだ。


「ゼアン!?」


 エルメインは破れた窓に駆け寄って下を覗き込み、それからヘーズトニア王を振り返った。その目は怒りに燃えている。


「陛下! あれをどうなさるおつもりですかっ!?」

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