第20話 敗北

 豪華な談話室で、ケスハーンは側近たちを見回して不機嫌に言った。


「計画はどうなったのだ?」


 のうのうと学校に来ているカエル姫とその護衛。もう一度身の程を体に叩き込んでやると決めたはずなのに、一向に成果が上がってこないのだ。その上最近は談話室の集まりも悪い。


 ガーデンパーティの後カヤミラを裏切ってコーネリアに媚を売る者が増え、最近もロルシ伯爵令息のように一人減り二人減りして、今ここにいるのは生え抜きの側近たちだけだ。


「それが……」

「捕まえられないんです」

「どういうことだ?」


 ケスハーンは腕組みをして眉を寄せた。


「授業には出ているんだろう? 教室もわかっているではないか」

「それはそうなんですが」


 男子生徒たちは顔を見合わせる。それから本人たちも首を捻りながら言った。


「連れて行こうとしたら姿が見えなくなるんです」

「両脇を固めていたはずなのに、気づいたらいなくなっていて」


 さすがに教室で乱暴するわけにはいかない。手合わせが口実なのだし、訓練場か外の広い場所に連れ出してからだ。そこでゼアンを呼び出すと、最初は大人しくついてくるのだが、五分も経たないうちに姿を見失う。どこへ行ったかと探し回ると、すでに帰ったという目撃証言が出てきたりするのだ。


 そんなわけで、何度実行しようとしても一向に埒が明かなかった。


「そんなことがあるわけないだろう」

「し、しかし本当なんです」


 側近たちは困惑の表情だが、ケスハーンも同じだ。そこへ紙束をつかんだカヤミラが駆け込んできた。


「ケスハーン様!」

「カヤミラ?」

「留学生は実習はできなくなったのではないのですか!?」

「もちろんだ。学校に素材を納めている商会には全部通達したぞ」

「でも、モーサバー兄妹の共同研究が教授に絶賛されておりますわ!」

「何だって?」

「他の留学生も全員課題をクリアしていて……皆、今期もあの女が学年一位に違いないと噂しています!」

「そんな馬鹿な……」


 ケスハーンはカヤミラが持ってきた魔法具製作実習の成績順位一覧に目を通した。確かに留学生は誰も単位を落としていない。そして担当教授の総評にはモーサバー兄妹の課題について言及がなされていた。


「実験と検証を重ねた膨大な添付資料……だと……?」


 エルメインとコーネリアは、従来のものより魔力効率のいい、画期的な魔法具を作り上げていた。そんな結果を出すには何度も試行錯誤が必要だ。様々な加工方法を試し、少しづつ変えながらデータを比較して最良の手段を探らねばならない。湯水のように材料を消費するはずだ。


「一体どうやって手に入れた!? 平民どもが……?」

「まさか! 購入窓口にはこちらの味方がおります。裏取引があれば報告してくるでしょう」

「それに、そんなことをすればただでは済まないことぐらいわかっているはず……」

「ではどこから魔獣素材を手に入れたというんだ!」


 一同の間に何とも言えない沈黙が降りる。とにかく企みが失敗したことは間違いない。敗北感がじわじわと心に染みを作っていく。このまま負けを認めることがケスハーンにはできなかった。


 それもこれも元凶はコーネリアだ。幼い過ちがいつまでも尾を引く。いい加減もうこのわずらわしさから解放されたい。


「……ゼアンを捕まえられないなら……」


 ケスハーンが思いついた計画を話すと、カヤミラがぱっと笑顔になって手を叩いた。


「まあ! それはいい手ですわ、ケスハーン様!」


 取り巻きたちも打開策的なものが示されたことに表情を明るくする。


「やりましょう! それなら必ずうまくいきます!」

「カエル姫と護衛両方を成敗できますよ!」


 バイアスのかかった判断によって斜め方向に向かった一同は、何のためらいもなく虎の尾を踏みに行くのだった。

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