第17話 離間の計:序
翌日からコーネリアとゼアンは学校を休んだ。おかげで豪華な談話室は久々に沸いていた。ここのところずっと思うようにならなかったが、今回は上々の成果を上げたのだ。
「あのカエル姫が視界に入らなくなるだけで気分がいいわ!」
ケスハーンは呵々大笑する。カヤミラもケスハーンの胸に抱き着きながら嬉しそうに言った。
「さすがケスハーン様ですわ。ああ、
「はは、それもこれもお前のためだ! あの女もショックを受けたようだし、一石二鳥というやつだ。格好だけの山猿など敵ではない。我が忠実な部下たちは勇猛なのだ!」
「奴は手も足も出ませんでしたよ!」
「怯えて声も出なかったのでしょう」
「我らに敵う者などいない!」
取り巻きたちも王子とカヤミラの機嫌がいいので絶好調である。
「殿下、しかしあの女の兄がうるさいのでは?」
現場でいちいち名前を呼ばれたことを思い出して、一人が言った。どこの誰なのか正確に把握されていたのだ。抗議すると言っていたし、面倒なことになる恐れがある。
「大丈夫だ。校長には我が釘を刺しておいたからな!」
有言実行、エルメインはすぐに学年主任と一緒に校長に抗議文を提出しにいった。留学生代表からの正式な文書だ。場合によっては国王まで報告が上がる。
恐らく父が知ればいい顔はしないだろう。何度婚約を破棄したいと言っても、王はいつもコーネリアの肩を持つのだ。護衛に手を出したと叱られるのも面白くない。なのでケスハーンは早速校長室へ乗り込んだ。
「貧乏伯爵の田舎小僧と第一王子の言、どちらが重いかわかるだろうな?」
王子の後ろには王妃が控えており、さらにワイラ派の貴族たちがいる。校長はエルメインの抗議文を引き出しの奥にしまい込んで見なかったことにした。
「おお、すでに手を打っているとは」
「さすがです!」
「わははは、我に隙はないわ!」
「殿下、奴らをさらに追い詰めてやりませんか?」
「む?」
取り巻きの一人が名案を思いついたとばかりに手を叩いた。
「留学生には実習用の素材を売らないよう、出入りの商会に圧力をかけるんです。離間の計というやつですよ」
「ほう。平民どもに裏切らせるのか」
ケスハーンは面白そうに目を瞬かせた。
そろそろ本格的に魔法具製作実習が始まる頃だ。必要な素材は出入りの業者に実費で発注することになっている。つまり、平民たちの実家だ。
「丁度カエル姫も学校に来ておりませんし、すぐに対策もできないでしょう」
「我の側近は剛の者だけでなく知恵者もいたようだな」
高笑いの声が重なり響く。素材が手に入らなければ課題が提出できない。そうなれば当然成績だってガタ落ちだ。落第するような女に王妃の資格などないと王も納得するはずだ。ケスハーンは存分に権力を使うことにした。
☆
「申し訳ありませんっ……!」
エマは留学生寮の玄関で平身低頭していた。顔見知りの留学生たちがぽかんとした顔でエマを見る。
「エマちゃん、どうしたんだ?」
「それが……」
エマは口ごもる。階段からエルメインとコーネリアが下りてきた。
「エマさん?」
「コーネリア様……」
エマの目からぽろぽろと涙がこぼれる。床に膝をついて、エマは絞り出すように言った。
「家から連絡があって、留学生には魔法具の材料は売れなくなったと……!」
「ふむ。王子殿下の差し金かな?」
顎に手を当ててエルメインが言い、留学生たちは顔を見合わせた。
「申し訳ありません! あんなに良くしてもらったのに! 恩を仇で返すような真似を……」
「エマさん、顔を上げてくださいな」
コーネリアがエマの手を取って立ち上がらせる。
「だって、うちだけじゃなく他の店も……全部……」
顔をぐしゃぐしゃにするエマを、コーネリアが抱きしめた。
「いいんですよ。貴族でさえ及び腰なのですもの。平民の皆様が逆らえるはずありませんわ」
「ああ。想定はしてたし、むしろ巻き込んでごめんね」
「でもっ、ゼアン様があんなことになったのに、追い打ちをかけるように……」
「あー……」
エマの嘆きを聞いてエルメインが気まずそうに天井を見上げた。他の留学生たちも微妙な表情になっている。
「ごめん! 詳しいことは言えないけど、ホント気にしなくていいから!」
エルメインが拝むように手を合わせて言った。コーネリアも苦笑しながらエマに囁いた。
「ゼアン様はお元気ですわ。所用でお出かけしてらっしゃるだけなの」
「へっ……?」
「わたくしは安全のために学校を休んでいるだけで、素材の手配もできているの。だから安心してくださいな」
エマは驚いて目を丸くした。コーネリアはいつも通りおっとりと微笑んでいて、留学生たちの表情も柔らかい。エルメインだけが若干引きつった笑みを浮かべていたが、怒っている風には見えなかった。
「本当、に……?」
「ええ。皆様にも、御自分の安全を第一にと伝えてください」
ハンカチで顔を拭いてくれるコーネリアに、エマはまた涙がこぼれてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます