第16話 死んだ振り

 丁度最後の授業が男女別の教養科目だったため、ゼアンはコーネリアの側にはいなかった。


 以前はコーネリアを一人にするのを避けるため、支障がない限りゼアンは女子の教室に同席していた。護衛という口実もあるし、武術は免除されている。特に問題はない。


 最近は状況が好転した……コーネリア支持の貴族が増えたため、女性だけになっても彼女を守ってくれる生徒がいる。なので武術の時間は大人しく男子生徒に混じって見学することにしたのだ。


 とはいっても、今日は雲行きが怪しかった。退屈な見学が終わって、ゼアンは勉強会が予定されている談話室に向かおうとした。しかし前をワイラ派の男子生徒に塞がれてしまったのだ。


 訓練場の入口は、どこからかやってきた上級生に固められた。関係のない生徒が一体何事かと驚く。だがゼアンに集っているケスハーンの取り巻きを見て、事情は察したようだ。かかわらないように、もしくは教師に知らせるためか何人かが校舎へ戻ろうとしたが、ワイラ派の生徒に止められる。目撃者を残すのは、見せしめにしようと考えているのだろう。


「仮にもケスハーン殿下の婚約者の護衛。さぞお強いのだろうなあ! 一手御指南願いたい!」


 体格のいい三年生がずいっと前に出て大声で呼ばわった。あくまで訓練という体裁を取るつもりなのだ。


「俺も対戦を申し込む!」

「ぜひ腕前を拝見したい」

「我々は一度も貴殿が剣を持つところを見ていないのでな!」


 ゼアンを取り囲んで練習用の木剣を振りながら次々に生徒が声を上げる。こうなることを予想していたゼアンは、特に慌てることもなく言った。


「俺は対人戦闘を禁止されているのでお受けできません」

「は? それで護衛が務まるわけないだろう!?」

「もちろんコーネリア嬢に危険が及ぶ場合と、生命の危険がある場合は別です。が、今はどちらでもありませんので」


 薄く笑みさえ浮かべ、ゼアンはゆっくりと周囲を囲む子息たちを見回す。ゼアンの台詞は身の危険など存在しないと言っているも同然。神経を逆撫でされた生徒たちの頭に血が上った。


「どういう意味だ!?」

「勿体ぶってんじゃねえ!」

「田舎貴族が! 身の程を知れ!」


 木剣を振りかぶり、一人が打ち掛かる。見守っている者も息を呑んだ。


 ガツッと鈍い音がした。


「は……?」


 全員がぽかんと口を開けた。ゼアンが突っ立ったままその攻撃を受けたからだ。木剣を振り下ろした本人も、間抜けな声を漏らした。


「なっ、何で……」

「命の危険はないので」


 変わらぬ声でゼアンが答えた。


「ふざっ……けんなッ!」

「後悔させてやる!」


 舐められたと思った彼らは逆上した。寄ってたかって次々と木剣を振り下ろし始める。ゼアンは悲鳴も上げず、無抵抗でされるがままだ。


「ちょ……やりすぎだ!」


 あまりのことに見かねた誰かが見物人の中から声を上げた。


「うるさい! お前もこうなるぞ!」


 感情の昂っている取り巻きが怒鳴り返す。第一王子の派閥に正面切って逆らうのは難しい。止めようとする声は消えた。


 やられっぱなしのゼアンに、取り巻きたちは気が大きくなっていた。顔だけの軟弱者という疑念は証明されたし、ケスハーンを信じる彼らにとってこれは正義の鉄槌。何をやっても反撃されないと確信したあとは、もう歯止めが効かなかった。


 武器で殴打されてゼアンが倒れると、男子生徒たちは容赦なく踏みつけ、蹴り飛ばした。王子に忠誠を示しておけば重用されるかもしれない。痛めつけろと命じたのは王子だ。自分たちは命令に従う忠臣である。


 一人がゼアンの剣を取り上げた。いいものなら奪い取ってやろうと思ったのだ。だが鞘から抜いてみた生徒は、すぐにそれを放り出した。


「何だ、このオモチャはよ!」


 もはやチンピラと変わらない態度でその生徒は吐き捨てた。地面に投げられたのは金属ではなく、何かの骨で作られていた。とても剣には見えない。破片を並べてつなぎ合わせたようなそれは、切れたネックレスのようにぐにゃりと曲がって地に横たわっている。


 暴行に夢中になっていた生徒たちだが、やがて何をやっても反応しないゼアンに頭が冷え始めた。さすがに殺してはまずいのではと気付いたのだ。稽古に熱が入ったと言い訳できなくなったらやばい。


 そのタイミングで留学生たちが駆けつけてきた。勉強会に来るはずだった生徒たちも、異常事態を知って合流しており、結構な人数になっている。


「お前たち何をしている! お前は三年の……」


 先頭に立つエルメインが怒鳴った。別に覆面をしているわけではないので、顔を見れば誰かわかる。エルメインは彼らの名前を片っ端から次々に呼び上げた。社交慣れしているエルメインは、事細かに貴族たちの名前と顔を覚えている。名前を呼ばれた生徒はぎくりとして木剣を放り出した。集団に紛れての暴力は平気でも、個人を特定されたら急に怖くなったのだ。


「お前たち、ケスハーン殿下の側近だな! 大勢でゼアンに暴行するなんて、留学生代表として断固抗議するぞ!」

「わ、我々はこの顔だけの護衛に活を入れてやっただけだ!」


 言い捨てて犯人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「誰か担架を持ってきてくれ! 医務室に連絡を……」


 叫びながらエルメインはゼアンに駆け寄る。地面に転がったままのゼアンが片目を開けた。


「……退屈な役回りだ」

「いいから今は死んどけ!」


 エルメインに小声で怒鳴られて、ゼアンはぐったりと体の力を抜いた。

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