第15話 仕組まれた急報
カヤミラからゼアンとの因縁を聞かされたケスハーンは張り切っていた。愛しいカヤミラにいいところを見せるチャンスだ。早速取り巻きの男子生徒をかき集めて作戦会議を始める。
「で、奴は腕が立つのか?」
仮にもワイラ軍を嵌めた男の息子だ。コーネリアが護衛として侍らせているのだから、それなりに強いのではないかとケスハーンは思っていた。ところが取り巻きの返事は予想にないものだった。
「それが、わからないのです」
「わからないとはどういうことだ。武術の授業ではどうなのだ?」
「武術の授業には出ていません。免除されているらしくて」
「はあ?」
男子生徒には武術の授業は必須だ。女子が刺繍を刺したりレースを編むように、貴族男子は護身も兼ねて剣や槍を習得する。軍を率いて戦争に出ることだってあるのだ。いざという時に素人では役に立たない。
護衛なら武勇を誇るのが当然だろう。なのに何故授業に出ないのか。確か少し長めのロングソードのようなものを携えていたはず。もしやあれは見かけだけなのか。そもそも免除などという特例が通っているのが怪しい。コーネリアが婚約者の地位を使って無理を言ったのではないか。
流れるように疑問がわいてくる。ケスハーンはやがて結論に達した。
「実は顔がいいだけで、実力がないのを隠そうとしているのでは」
ケスハーンが腕組みをしてそう言った。側近たちは顔を見合わせたが、誰も答えを持っていない。正直なところ、今までゼアンと諍いになったことすらないのだ。
「そういえば、我々が何を言っても文句のひとつも言ってきませんね」
一人が言った。コーネリアに対して散々侮蔑的な言葉を吐いてきた自覚はある。しかしゼアンは常にコーネリアの側にはいるが、何か行動を起こしたことはない。木の枝が落ちてきたり椅子の足が折れたりしたことはあるが。
「確かにそうだ」
「カエル姫に悪戯を仕掛けても、特に何もする様子はなかったですね」
他の者も同意した。投げた紙礫は何故か一度も当たらなかったし、言いがかりをつけようとしてガンを飛ばしのに誰もいなかったことはあったが。
「なるほど。わかったぞ」
ケスハーンは手を叩き、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「コーネリアは己が醜いから、見栄えのいい護衛を連れて悦に入っているのだ。やはり心根の卑しい女よ!」
自分に従う男子生徒たちを見回し、ケスハーンは断を下した。
「よし、腕の立つ者を集めろ。自主練を装って痛めつけてやるのだ! 一体誰を敵に回したのか教えてやる!」
取り巻きたちのおう、という声がそれに唱和した。
☆
その放課後、コーネリアはエルメインとお茶会の準備をしていた。いつもの勉強会だ。あちらでは留学生たちが椅子やティーカップを並べていた。彼らは先輩として講師役もやってくれている。最初は平民だけだった勉強会も、中立派や王国派の貴族が一人、二人と参加するようになって随分賑やかになった。
お菓子を盛りつけながら、コーネリアは勉強会が始まったきっかけを兄に話していた。
「それで、エマさんったらとても褒めてくださって」
「あの茶色の巻き毛の子かい?」
「そう! わたくしのことを、その、綺麗だとか、カッコイイとか……」
コーネリアが照れながら言うと、エルメインは盛り付けの済んだ皿をテーブルに運びながら目を細めた。
「へえ、なかなか見る目があるね。さすが豪商のお嬢さんだ」
「もう! お兄様はわたくしに甘すぎるんですから……」
コーネリアは軽く頬を膨らませた。エルメインが明るい笑い声を上げる。
「はっはー。ゼアンには負けないぞ」
「何でそこでゼアン様が出てきますの!」
兄妹のじゃれ合いに留学生たちもくすりと笑う。同年代の彼らは、留学するまでは大人と一緒にコーネリアの悪評を面白がっていたクチだ。だがコーネリアと近くで接するようになって、ひどく申し訳ない気分になった。
ケスハーンの態度を見ていると、過去の自分が思い起こされていたたまれない。何の落ち度もない彼女に悪意をぶつけてしまった自責の念に苛まれる。
エルメインの仲介で謝罪し許されて、今は留学生はコーネリアの親衛隊と化している。今ではこうして微笑ましい姿を見て、コーネリアを可愛いと思う者も増えてきた。
「エマちゃんが先駆者だったか……」
親衛隊に混ざってコーネリアに萌えている一年生を思い出して、留学生一同はほっこりする。
「さあ、そろそろ皆さんが来られます、わ……?」
コーネリアが言いかけた時、談話室の扉から噂のエマが飛び込んできた。息を切らして叫ぶ。
「大変、大変ですっ!」
「どうしたの、エマさん」
「ケスハーン殿下の取り巻きがっ! ゼアン様をっ! 取り囲んでっ!」
焦りまくるエマとは違って、留学生一同は冷静だった。持っていた皿をテーブルに置き、エルメインは一同を振り返った。
「では諸君。凶行を目撃しに行こうか」
「「「「はいっ!」」」」
それから留学生たちは口々にゼアンの安否を叫びながら、エマを案内に立てて走り出した。
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