第14話 ざわつく社交界

 華やかな大ホールには、ヘーズトニアの貴族たちが何人も招かれていた。貴族の夜会は友好を深めると同時に、敵を牽制し情報収集する場所だ。根回しの機会でもある。


「国境は大変だそうですな」

「ワイラは何をやっているんだ」

「魔獣被害をどうにかできないなら、支援を考え直すべきではないか?」

「魔法具がなければ余計に被害が増えるだろう。こんな時だからこそ協調して……」

「王妃様も心を痛めておられる――」


 それぞれの立場で主張も違う。元々ヘーズトニア国内の魔獣が皆無とは言わないが、最近もっぱら問題になっているのは国境を越えて入り込んでくる方だ。


「バーンイトークはこのことをどう思っているんだ?」

「それは殿下次第では……」

「そういえば今日来るらしいぞ、例の……」


 一つのグループがそんな話をしていると、入口から新たな客が入ってくるのが見えた。二組の男女で、どちらのペアもぱっと目を引くのは女性ではなく男性の方だった。


「やあやあ、モーサバー侯爵家のご兄妹ですな! よくおいで下さいました!」


 恰幅のいい男性が歩み寄って出迎える。夜会の主催者であるオリコール侯爵だ。


「お招きありがとうございます、オリコール侯爵。こちらが妹のコーネリアです」

「お初にお目にかかります。お会いできて光栄ですわ」


 歓迎の意を表す侯爵に、兄妹もにこやかに応じた。


 エルメインとコーネリアは同じ色で揃えたヘーズトニア風の衣装だ。エルメインは母譲りの美貌で早速会場の女性たちにため息をつかせていた。コーネリアはいつも通り所作は美しいが、眼鏡と化粧の重武装である。


 エルメインは侯爵に、ゼアンとパートナーの女子留学生を紹介した。こちらもヘーズトニア風に合わせているが、モーサバー兄妹に比べて控えめな色とデザインだ。


 ゼアンの名を聞いたオリコール侯爵は目を丸くした。


「なんと! かの英雄のご子息ですか! ご勇名はかねがね……」

「父をご存じなのですか?」

「はははは、私は二国間条約の折衝で、しばらくバーンイトークにいたことがあるのですよ」

「なるほど。今日はお世話になります」

「どうぞ楽しんでいってください」


 笑顔で和やかに握手をして、エルメインたちは顔見知りの貴族に、オリコール侯爵は他の招待客に挨拶するため離れて行った。


 耳を澄ませて様子をうかがっていた他の貴族たちは、オリコール侯爵の態度に首を傾げた。主に子供が魔法学校に通っている者たちである。


「あのゼアン・アンサトという少年……田舎貴族の山猿とケスハーン殿下はおっしゃっていたのでは?」

「だがそれにしては侯爵が妙に丁寧じゃないか?」

「エルメイン殿と同格……いや、もう少し……?」


 急に不安になった貴族たちは、注意深く動向を見守った。どうもガーデンパーティでのことを聞くに、ケスハーン殿下の外交感覚には疑問が残るのだ。今までワイラ派の声が大きかったために見過ごされてきたが、婚約者に対しても少々失礼が過ぎる。


 バーンイトークは西の大国だ。魔獣被害をほぼ抑えきっていることもあり、国土は豊かで安定している。対するヘーズトニアは技術こそあれ、バーンイトークとは比較にならない小国だ。魔法具があるからそれなりに尊重してもらえるが、正面切って揉めるようなことになればヘーズトニアが不利なのである。


 遠目に見ているが、ワイラ派の貴族はバーンイトーク組に近づく気配はない。王国派の数人がモーサバー兄妹と話し始めたが、後ろにひっそりと控えているゼアンには軽く声をかけただけだった。


 そうこうしていると貴族が二人連れ立って、人目を忍ぶように柱の陰から近づいた。


 集まった父兄たちは歓談している振りをしながら神経を研ぎ澄ませる。王国派がコーネリアを持ち上げて、カヤミラと嚙み合わせようと画策しているのはわかっている。だが今近づいたのは王国派ではない。


「彼はワイラ派だったのでは?」

「一緒にいるのは確か中立派の……」


 しかも声をかけたのはコーネリアではなくゼアンだった。その上恐縮する貴族に、ゼアンが鷹揚に応えているように見える。


「一体どういうことだ?」


 顔を見合わせる一同だが、ここに集まっているのは中立派と王国派だ。誰も情報を持っていなかった。二人の貴族はすぐに離れて行ったが、最後にゼアンに向かって頭を下げた。見守っていた貴族たちに緊張が走る。


「これは、ちょっと……」

「ああ。息子に言っておかねば」

「彼は一体何者なんだ?」

「オリコール侯爵に尋ねるのが無難か……」


 今わかっているのはゼアンがバーンイトーク王国の貴族の嫡男だということ。辺境伯という称号はヘーズトニアにはない。そのため皆、語感から伯爵位の下位くらいに考えていた。ケスハーンが田舎貴族と言ったこともあり、その解釈で正しいのだと信じていた。


 しかし今見た二人の貴族はどちらも当主本人である。よほどのことがなければ、爵位を継いでいない子息に対してあんな態度にはならない。


「……やっぱりやばいぞ」


 オリコール侯爵や今の二人が正しいとすれば、辺境伯の解釈自体が間違っているとしか思えない。下手をすれば致命的な失態につながる。


「侯爵と話す時に水を向けてみよう」

「ああ、そうしよう」


 相談はまとまった。一同は嫌な冷や汗をかきながら侯爵と会話するタイミングを待ち、自分たちの勘が正しかったことを知る。

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