第12話 自爆が得意な彼女
だだっ広い豪華な談話室で、カヤミラは不機嫌な様子を隠さなかった。
「どうして……」
談話室の人数は以前より減っていた。空間が広く感じるのはそのせいだ。
ガーデンパーティ以降、カヤミラのご機嫌をうかがう生徒が減ったのである。王国派だの中立派だの言っても、王子の寵愛という威光の前には頭を垂れるしかなかった。だがその彼らは今はコーネリアと知己を得ようとしているらしい。
「おいたわしや、カヤミラ様」
「先日のガーデンパーティでお許しをいただいたからと、カエル姫は兄や護衛と共に夜会に参加しているようですわ」
「そこでまた手練手管を使って支持を増やしているようです」
「あの女はともかく、兄は見目がよろしいですから」
「たぶらかされる者も多いのでしょうね」
報告を聞くほどカヤミラの苛立ちは募る。
学校内でのお茶会にコーネリアが誘われることも増えている。以前は目立たぬようにやっていた平民との勉強会も、下級貴族まで参加するようになり、大きい談話室を使うようになっていた。
「もういいわ!」
コーネリアが自分の代わりにちやほやされていると思うと、我慢がならない。カヤミラは立ち上がり、足音高く談話室から出て行った。
☆
学校の庭はそれなりに整えられている。緑の木々が植えられ、花壇があり、小さな池もあった。
庭を抜けて帰寮の途中で、ゼアンが足を止めた。コーネリアも立ち止まる。
「どうかしました?」
「いや……」
ゼアンの視線を追うと、池の前に植えられた紫陽花の葉に、小さなアマガエルがちょこんと乗っていた。コーネリアはゼアンの隣から覗き込む。
「カエル……?」
「うん」
実はコーネリアは、”カエル姫”という仇名が意外と嫌いではない。
昔は大嫌いだった。それは「醜いカエル」という意味で、心無い人々が幼いコーネリアを嘲る時に使う名前だったからだ。
だが葉っぱの上にいる鮮やかな緑のカエルは、つぶらな目をしていて愛嬌がある。
「辺境のカエルもこんな感じなのですか?」
「……いや。辺境には人を丸呑みするようなのしかいないから」
苦笑したゼアン曰くに、辺境には普通の動物はおらず、野生の生き物はほぼ魔獣だと思っていいらしい。水辺にはカエルに似た魔獣がいるが、五メートルほどもあって動くものは何でも口に入れようとするらしい。当然だが討伐対象である。
「だから、王都に行くまで可愛いカエルがいるなんて知らなかった」
コーネリアはどきりとした。
いつだったか。まだ子供の頃、家族でもないゼアンがどうして優しいのか不安になって、自虐的に尋ねたことがある。
「わたくしが皆にカエル姫って呼ばれているの、知ってる?」
ゼアンはきょとんと首を傾げて、それからぽんと手を叩いた。
「ああ、なるほど」
コーネリアはゼアンがその仇名を知らなかったことと、今それを聞いて納得したことを察した。
やっぱり。
自分はカエルのように醜くて、ゼアンもそう思ったのだと考えると泣きそうだった。
その時ゼアンの手がコーネリアの頭を撫でた。
「カエルって、こんなに可愛かったんだ」
屈託なく笑う彼に、コーネリアは抱き着いてわんわん泣いた。ゼアンは焦ってエルメインが怒って大騒ぎになったけれど、それ以来カエル姫と呼ばれても悲しくはなくなった。
ゼアンは緑のカエルをじっと見たまま言った。
「可愛いカエルは目がくりっとして、ちっちゃくて。守ってあげなきゃって思うんだ」
コーネリアは呼吸を止めた。嫌いだった仇名を告げた時と同じように、胸がぎゅっと苦しくなる。その途端、目の前の景色がぐるりと回った。
☆
談話室から飛び出したカヤミラは、池の前に佇む二人連れを見つけてカッと頭に血が上った。
目障りこの上ない。コーネリアとゼアンは何かを小声で話していて、こちらに気付いた様子はない。素早く周囲を見ると、都合よく誰もいないようだった。
カエルは池の中がお似合いよ!
発作的にカヤミラはコーネリアに向かって駆け出した。腕を突き出し、そのまま背中を押そうとした。
「え……」
まさに突き飛ばそうとした瞬間、コーネリアとゼアンの姿が目の前から消えた。カヤミラはたたらを踏んだが、勢いを殺しきれずに池に転落する。
水深は膝下くらいしかない。手をついて起き上がったカヤミラはヒステリックに叫んだ。
「……きいぃぃぃっ! 何なのよ! 一体いぃぃっ!!」
叫び声を聞いて生徒たちがわらわらと駆けつけてきた。
「……カヤミラ嬢? 一体……」
「カエル……! カエルよ! あいつのせいで!」
コーネリアのせいで水に落ちたのだとカヤミラは訴えようとした。だが集まった生徒の目は少し違うところを見ていた。
「カエル? ……ああ、カエルに驚いたんですか……?」
カヤミラが視線のズレに気付いた時、頭の上で「ケロッ」と可愛らしい鳴き声がした。何かが自分の頭を蹴り、どこかでぽちゃんと水音がした。
「ひっ……」
何が起きていたのか悟ったカヤミラは、気を失ってぶっ倒れた。慌てて男子生徒が池に飛び込み、カヤミラを助け起こす。
「誰か……医務室に連絡を!」
たちまち右往左往する生徒で蜂の巣をつついたような騒ぎになる。コーネリアを抱きかかえたゼアンは、三階のテラスからそれを見下ろした。
「えっ? あの、ゼアン様っ?」
「別に何もしていない。彼女は自爆が得意だな」
ゼアンはコーネリアを下ろすと、校舎に入り階段へと歩き始める。すれ違う生徒に挨拶をしながら、二人は騒ぎを尻目に寮へ戻るのだった。
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