第12話 自爆が得意な彼女

 だだっ広い豪華な談話室で、カヤミラは不機嫌な様子を隠さなかった。


「どうして……」


 談話室の人数は以前より減っていた。空間が広く感じるのはそのせいだ。


 ガーデンパーティ以降、カヤミラのご機嫌をうかがう生徒が減ったのである。王国派だの中立派だの言っても、王子の寵愛という威光の前には頭を垂れるしかなかった。だがその彼らは今はコーネリアと知己を得ようとしているらしい。


「おいたわしや、カヤミラ様」

「先日のガーデンパーティでお許しをいただいたからと、カエル姫は兄や護衛と共に夜会に参加しているようですわ」

「そこでまた手練手管を使って支持を増やしているようです」

「あの女はともかく、兄は見目がよろしいですから」

「たぶらかされる者も多いのでしょうね」


 報告を聞くほどカヤミラの苛立ちは募る。


 学校内でのお茶会にコーネリアが誘われることも増えている。以前は目立たぬようにやっていた平民との勉強会も、下級貴族まで参加するようになり、大きい談話室を使うようになっていた。


「もういいわ!」


 コーネリアが自分の代わりにちやほやされていると思うと、我慢がならない。カヤミラは立ち上がり、足音高く談話室から出て行った。





 学校の庭はそれなりに整えられている。緑の木々が植えられ、花壇があり、小さな池もあった。


 庭を抜けて帰寮の途中で、ゼアンが足を止めた。コーネリアも立ち止まる。


「どうかしました?」

「いや……」


 ゼアンの視線を追うと、池の前に植えられた紫陽花の葉に、小さなアマガエルがちょこんと乗っていた。コーネリアはゼアンの隣から覗き込む。


「カエル……?」

「うん」


 実はコーネリアは、”カエル姫”という仇名が意外と嫌いではない。


 昔は大嫌いだった。それは「醜いカエル」という意味で、心無い人々が幼いコーネリアを嘲る時に使う名前だったからだ。


 だが葉っぱの上にいる鮮やかな緑のカエルは、つぶらな目をしていて愛嬌がある。


「辺境のカエルもこんな感じなのですか?」

「……いや。辺境には人を丸呑みするようなのしかいないから」


 苦笑したゼアン曰くに、辺境には普通の動物はおらず、野生の生き物はほぼ魔獣だと思っていいらしい。水辺にはカエルに似た魔獣がいるが、五メートルほどもあって動くものは何でも口に入れようとするらしい。当然だが討伐対象である。


「だから、王都に行くまで可愛いカエルがいるなんて知らなかった」


 コーネリアはどきりとした。


 いつだったか。まだ子供の頃、家族でもないゼアンがどうして優しいのか不安になって、自虐的に尋ねたことがある。


「わたくしが皆にカエル姫って呼ばれているの、知ってる?」


 ゼアンはきょとんと首を傾げて、それからぽんと手を叩いた。


「ああ、なるほど」


 コーネリアはゼアンがその仇名を知らなかったことと、今それを聞いて納得したことを察した。


 やっぱり。


 自分はカエルのように醜くて、ゼアンもそう思ったのだと考えると泣きそうだった。


 その時ゼアンの手がコーネリアの頭を撫でた。


「カエルって、こんなに可愛かったんだ」


 屈託なく笑う彼に、コーネリアは抱き着いてわんわん泣いた。ゼアンは焦ってエルメインが怒って大騒ぎになったけれど、それ以来カエル姫と呼ばれても悲しくはなくなった。


 ゼアンは緑のカエルをじっと見たまま言った。


「可愛いカエルは目がくりっとして、ちっちゃくて。守ってあげなきゃって思うんだ」


 コーネリアは呼吸を止めた。嫌いだった仇名を告げた時と同じように、胸がぎゅっと苦しくなる。その途端、目の前の景色がぐるりと回った。





 談話室から飛び出したカヤミラは、池の前に佇む二人連れを見つけてカッと頭に血が上った。


 目障りこの上ない。コーネリアとゼアンは何かを小声で話していて、こちらに気付いた様子はない。素早く周囲を見ると、都合よく誰もいないようだった。


 カエルは池の中がお似合いよ!


 発作的にカヤミラはコーネリアに向かって駆け出した。腕を突き出し、そのまま背中を押そうとした。


「え……」


 まさに突き飛ばそうとした瞬間、コーネリアとゼアンの姿が目の前から消えた。カヤミラはたたらを踏んだが、勢いを殺しきれずに池に転落する。


 水深は膝下くらいしかない。手をついて起き上がったカヤミラはヒステリックに叫んだ。


「……きいぃぃぃっ! 何なのよ! 一体いぃぃっ!!」


 叫び声を聞いて生徒たちがわらわらと駆けつけてきた。


「……カヤミラ嬢? 一体……」

「カエル……! カエルよ! あいつのせいで!」


 コーネリアのせいで水に落ちたのだとカヤミラは訴えようとした。だが集まった生徒の目は少し違うところを見ていた。


「カエル? ……ああ、カエルに驚いたんですか……?」


 カヤミラが視線のズレに気付いた時、頭の上で「ケロッ」と可愛らしい鳴き声がした。何かが自分の頭を蹴り、どこかでぽちゃんと水音がした。


「ひっ……」


 何が起きていたのか悟ったカヤミラは、気を失ってぶっ倒れた。慌てて男子生徒が池に飛び込み、カヤミラを助け起こす。


「誰か……医務室に連絡を!」


 たちまち右往左往する生徒で蜂の巣をつついたような騒ぎになる。コーネリアを抱きかかえたゼアンは、三階のテラスからそれを見下ろした。


「えっ? あの、ゼアン様っ?」

「別に何もしていない。彼女は自爆が得意だな」


 ゼアンはコーネリアを下ろすと、校舎に入り階段へと歩き始める。すれ違う生徒に挨拶をしながら、二人は騒ぎを尻目に寮へ戻るのだった。

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