第11話 焼肉パーティ:あーん

「ごめんなさい、お兄様……」

「いいよ、いいよ。ネリアは何も悪くない」


 コーネリアの謝罪にエルメインは鷹揚に手を振った。


 エルメインの研究室。エルメインとゼアンが向かい合って座るテーブルには、コンロと焼き肉用の鉄板が置かれ、口直しのサラダや薬味とタレの器が並んでいる。コンロの横には山盛りの肉が準備されており、数か月のうちに万全の態勢が整えられていた。


 ガーデンパーティでの一幕は、ヘーズトニア貴族を少なからず動かした。息子や娘から話を聞いた親たちがコーネリアに興味を持ったのだ。


 今までは条約がらみで決まったハズレの令嬢、事情に詳しい者からは王子のポカで決まった名ばかりの婚約者だった。何せケスハーンは婚約をなかったことのように振舞うので、コーネリアがヘーズトニアを訪れたのも今回が初めて。情報と言えばケスハーンがぼやく「カエル姫」や「策謀の悪女」「厄介払いの醜女しこめ」とかいう妄言ばかりだったからだ。


 そこへ実物を見た生徒たちの証言が加わった。新たに加わった評価は真逆で、「淑女の手本」「慎ましやかな令嬢」「頭脳明晰な秀才」といった感じだ。そこへさらに追加されたのが、「高潔な未来の王子妃」という声だ。


 カヤミラとワイラ派の専横をよく思っていない者はそれなりにいる。しかし今までは第一王子の権威に逆らうことは難しかった。だが今回の件で皆気付いたのだ。


 正式な婚約者のコーネリアなら、正面からカヤミラとやり合える。


 正論でケスハーンを黙らせ、カヤミラに頭を下げさせたのは、王国派にすれば快挙だった。しかもヘーズトニアを尊重し配慮する言動が垣間見える。コーネリア嬢こそ王子妃にふさわしいのではないかと盛り上がってしまったのである。


「でも婚約破棄ではなく、婚約支持が増えてしまいました……」

「貴族たちの支持はそこまで大きな問題にはならないよ。結局のところ国王の判断だから」

「そうかもしれませんけど……」

「それに、どちらかというとヘーズトニアよりバーンイトークの陛下が問題だと思うんだ」

「え?」


 コーネリアが目を丸くし、ゼアンの肩がぴくりとした。


「僕はさ。バーンイトークの魔獣対策をアンサト家だけに頼り続けるわけにはいかないと、陛下がそう考えたのだと思ったんだ」


 バーンイトーク国内には魔獣はもうほとんどいない。たまに魔獣が発見されても、狼や鼠型の小さいもので、騎士団が人数を揃えてかかれば問題なく処理できる。


 中型以上の強力な魔獣は魔境に追いやられ、そこから出てくることはない。辺境――アンサト領が蓋をしているからだ。つまりアンサト家は国内の安全を一手に担っていることになる。


 コーネリアはうなづき、ゼアンは獣脂を鉄板に投げ入れた。ジュウ、といい音が鳴った。


「でもさ、この十年僕らが得た知識は魔法具の基礎部分だけだ。明かりや拡声器なんかは作れるようになったけど、兵器運用できるほどの出力は出せない。いつになったらその技術は手に入るんだろうね?」

「……陛下は退屈はお好きじゃない」

「うん。どちらかと言えば愉快犯的なお方だよね」

「…………なるほどな」


 ゼアンの声が低くなった。トングで生肉をつかんで鉄板にぶちまける。一気に食欲をそそる匂いがあたりに広がった。


「ま、ネリアを盾にしようなんて、ヘーズトニアの腰抜け貴族を喜ばせてやる必要はない。そろそろ思い切った手を打ってもいいかなって」

「了解した。俺はどうすればいい?」


 ヘーズトニアは今までワイラの武力に守られてきた。それゆえどうにもワイラに対して従順な態度が染みついているのだ。だからといって妹を矢面に立たせようという根性が、エルメインは気に入らない。


 エルメインの美しい顔が悪魔的な笑みを浮かべた。


「友人を紹介するから、助けてやってくれないか。全力で」

「ほう? いいぞ」


 対するゼアンも白い歯を見せて野獣の笑みを返した。


「あの……?」


 見てはいけないものを見せられた気がして、コーネリアは恐る恐る問いかけた。すると二人とも何事もなかったかのように甘い表情で振り向いた。


「大丈夫。ネリアは何も心配しなくていいよ」

「ああ。思ったより自由に動いてもよさそうだからね」


 エルメインは重ならないように肉を並べ直し、ゼアンは火の通った所からひっくり返し始めた。


「まあ、食事に集中しよう。せっかく美味い肉なんだし」

「……そんなに美味しいんですの?」

「食べてみる?」


 こんな食事の仕方はコーネリアは初めてだ。豪快な感じは辺境の作法だろうか。美味しそうな匂いがずっとしているし、好奇心に駆られてコーネリアはうなづいた。


 するとゼアンは皿に取った肉を一口サイズに切り分け、一つをフォークに刺してコーネリアの前に差し出した。


「どうぞ」


 口元に出された肉を、コーネリアは深く考えることもなく素直にぱくりと食べた。


「なっ!?」


 エルメインが腰を浮かせたが、コーネリアは食べたことのない美味にぱっと目を輝かせる。


「美味しいです!」

「そうか、よかった」


 ゼアンは残りをまたフォークに刺してコーネリアの前に出す。それを口に入れたコーネリアは、胸の前で両方の拳を握って満面の笑みを見せた。


「ちょ……おま……!」

「何だ?」


 きょとんとした顔をゼアンとコーネリア両方から向けられて、エルメインはがっくりと肩を落とした。


「……いや、いい……」


 指摘したら負けだと判断して、エルメインは魔力計片手にデータを取りながら黙々と焼肉を食べることにした。

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