第10話 ガーデンパーティ 2

「は……?」


 思わぬ反応にカヤミラはたじろぐ。ケスハーンがカヤミラをかばおうと割って入る。


「おい、カエル女! カヤミラに対して……」

「今の侮辱に対してケスハーン様は何かおっしゃることはないのですか?」


 いつものように頭から抑えつけてしまえと思っていたケスハーンだが、コーネリアは初めて見せる怒りの表情でそれを押し返した。


「何で我が……」

「ヘーズトニアを貶める言葉を見過ごすと?」

「え? ヘーズトニアを……?」


 ケスハーンは予想外の展開に首を捻る。コーネリアは近くにいれば怒っていると感じられるのだが、あくまで態度は淑女のまま指摘した。


「カヤミラ様はワイラ王国の男爵令嬢でいらっしゃいます」

「「「「あ……」」」」


 声が上がったのは周囲の生徒たちからだった。


 自国の貴族ならいざ知らず、「下賤な平民」と言ったのは他国の貴族だ。王子の前でヘーズトニアの民を下賤と罵ったことになる。


 これまで王子のお気に入りだからとカヤミラの横暴をスルーしてきた生徒たちだが、今になってそれがどういうことか気付いて愕然とした。彼女はあくまで行儀見習いに訪れた他国の男爵令嬢であり、ケスハーンの侍女でしかないのだ。


「ケスハーン殿下。他国の貴族令嬢からあなたの国民が侮辱されたのですよ? 国を導く王となる方が、何も感じないのですか? それとも平民はヘーズトニア国民ではないとでも?」


 コーネリアはお友達である平民生徒を下賤と罵られて怒っていた。攻める理由もある以上見過ごす気はない。ケスハーンは思ってもいなかった反撃にしどろもどろになる。


「ま……まだ嫁いでもいない貴様がしゃしゃり出るな!」

「失礼いたしました」


 言われたコーネリアは素直に引っ込んだが、ケスハーンは逆に追い詰められたことに気付いた。


 ケスハーンは周囲の視線が自分に集まっていることに冷や汗を流す。しゃしゃり出るなと言ってしまった。つまりケスハーン自身が決着をつけなければならなくなったのだ。


 カヤミラは単にコーネリアを貶めるために言っただけだ。だが理屈はコーネリアの言う通り。貴族たちから他国からの侮辱を甘んじて受ける王子などと思われては、色々と支障が出てくる。


 可愛いカヤミラが涙目ですがってくる。しかしここでコーネリアが悪いと言うわけにはいかない。やはり油断ならぬ謀略の悪女。完全に追い込まれてしまったとケスハーンは歯噛みした。


 逡巡のあと、ケスハーンは苦渋の決断をした。


「……カヤミラ、謝罪しろ」

「ケスハーン様っ!?」

「今は耐えてくれ」


 ケスハーンが囁くと、屈辱に震えながら歯を食いしばってカヤミラはコーネリアに頭を下げた。


「言葉が過ぎましたわ……申し訳ございません」


 するとコーネリアは首を振った。


「……謝罪する相手が違いますわ。わたくしは婚約者の立場からもの申し上げただけです」

「ちょっと! 人を謝らせておいてどういうこと!?」


 カヤミラが食って掛かる。つかみかかろうとした手はさりげなく出てきたゼアンに止められた。


「侮辱を受けたのはわたくしではありません。この場でしたら、直接の被害者である平民の皆様か、国の代表としてケスハーン殿下に謝罪するのが筋かと存じます」

「くっ……」


 またもや正論だった。指摘したのはコーネリアだが、問題としては部外者だ。カヤミラの敵意がコーネリアに向いていたせいで、謝る相手を間違えたのである。


 カヤミラは公衆の面前で謝罪のやり直しをすることになり、改めてケスハーンに頭を下げた。コーネリアに謝罪するほど抵抗はないはずだが、腹の底が燃え滾るほどに怒りが収まらない。


「貴様のせいでパーティが台無しだ! くそっ! このカエル姫がっ!」


 捨て台詞を叫んで、ケスハーンはカヤミラを連れて会場を出て行った。平民組がコーネリアに向かって腰のあたりで拳を握っている。表立って何か言う者はいないが、貴族たちの視線も今までとは変わっているように思えた。


 コーネリアは成り行きを注視していた面々に向かって優雅に頭を下げる。


「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。わたくしも退出させていただきますわ」


 すかさずゼアンがエスコートの手を差し出し、二人は静かにパーティ会場から出て行った。





 会場を出て少し行ったところで、コーネリアの膝が砕けた。ゼアンが抱きとめるとコーネリアの体は震えていた。


「頑張ったね。かっこよかったよ、ネリア」

「ついカッとなってしまいました……」


 あれだけの人に見られている中で、ケスハーンと直接対峙したことはコーネリアにかなりの緊張を強いていた。それでも初めてできたヘーズトニアのお友達を貶されて、黙ってはいられなかったのだ。


「自分のことは怒らないくせに」

「ゼアン様だって」

「作戦のうちだからだよ。俺は秘密兵器だからな」


 ゼアンはコーネリアを軽々と抱き上げて言った。


「寮に帰ろう。ニコラにお茶を入れてもらって、甘いものを食べたらすぐに元気になる」

「はい……」


 故国にいる時よりもずっとゼアンとの距離が近い。コーネリアは気が遠くなるような気分でゼアンに身を預けた。

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