第9話 ガーデンパーティ 1
親睦会の日がやってきた。学校の中庭は美しく整えられ、あちこちに休憩用のテーブルと椅子が置かれている。立食形式で飲み物が配られ、料理やスイーツが盛られた皿を並べた一角もある。
あちこちで挨拶や紹介の声が聞かれ、歓談の笑い声が遠くから響く。人が大勢集まっているのは、次期国王とみなされている第一王子ケスハーンのところだ。
会場の隅っこでモーサバー侯爵家の兄妹とゼアンはそれを見ていた。
「あンのクソ王子……」
「お兄様」
口汚く罵る兄をコーネリアはたしなめた。せっかく絶世の美貌を母から受け継いだのに、これでは台無しである。
「礼儀も常識もない奴に払う敬意などない!」
エルメインが怒っているのは、準公式ともいえるこの場所で、相変わらずケスハーンがコーネリアを無視してカヤミラを連れ歩いているからだった。
「わたくしはよろしいですから、お兄様は皆様と歓談していらっしゃって」
「……わかった。ゼアン、頼んだぞ」
「承った」
コーネリアは兄の背を押した。自分はひっそりと控えているだけだが、エルメインは留学生代表としてあちこちと交流を深めるべきだ。エルメインはぶつぶつと「別方向から報復を考えてやる」とかどうとか呟きながら会場へ紛れていった。何の根回しをするのやら。
ゼアンが飲み物を取ってきて、二人は小さく乾杯した。爽やかな飲み口の果実水だ。
「わたくしに付き合わせてごめんなさい」
「俺は元々こういう場は好きではないから、外にいる方が楽でいい」
コーネリアが謝るとゼアンは笑って言った。例によってコーネリアに近づいてくる生徒はいない。ケスハーンの目につくこの場では無難な選択だろう。
会場を見るともなしに眺めていると、時々目が合った平民生徒が目立たぬように目礼をしてくる。コーネリアは軽く微笑んでそれに返した。
どの生徒も所作に問題は見当たらず、今のところ大過なく過ごしているようで何よりである。二人だけの空間にいるコーネリアとゼアンを心配しているようだが、平民から声をかけるのはマナー違反だ。コーネリアもこちらの事情に巻き込みたくはないのでこれでいい。
すると面倒なのがあちらから近づいてきた。まるで弟子を引き連れて施療院を回る高位治癒師のように、大勢でぞろぞろとこちらへやってくる。ケスハーンとカヤミラ、その取り巻き一同である。
コーネリアとゼアンは王族に対する礼でそれを迎えた。
「あら、懇親会ですのに、どなたも相手にしてくれませんの?」
「社交もできない女がよくも妃になどと言えたものだな」
早速カヤミラが先制攻撃を仕掛けてくる。ケスハーンが援護するようにコーネリアを咎めた。
ケスハーンとコーネリアの対立はもはや学校中が知るところとなっている。それ自体が醜聞なのだが、ケスハーンはわざとことを大きくしてコーネリアを悪者にしようとしているようだ。
カヤミラはいい。だがケスハーンへの恐怖は幼い心に刻みつけられたものだ。怯みそうになるが、すぐそばにゼアンがいてくれる。コーネリアは高位貴族の令嬢らしく冷静に答えた。
「婚約者のわたくしが、殿下のご紹介もないままに社交に赴くのはいかがなものかと思っておりましたが、お許しいただけるのでしょうか?」
「……っ!」
ケスハーンが言葉に詰まる。
コーネリアが婚約者であることは、嘘でも間違いでもない。国王が認めており、公表された事実だ。
そして彼女は外国からやってきた。当然ながら婚約者としてケスハーンが貴族たちに紹介するのが筋だ。コーネリアの言うように、それがないまま勝手に貴族と仲を深めたら、ケスハーンの顔を潰すことになる。コーネリアが今まで学校のお茶会にも参加しなかったのは、誰も近づいてこなかったせいもあるが、元々はこれが理由だ。
ケスハーンを無視して貴族と交流するわけにはいかないので、紹介されるのを待っていた。コーネリアが言ったのはそういう意味であり、婚約者を立てるための行動は間違っていない。責められるのは義務を果たしていないケスハーンの方だ。
「……勝手にしろ! 我はお前を婚約者とは認めんからな!」
ケスハーンは悪あがきのように怒鳴った。パーティ会場で子息たちとはいえ貴族が集まっている場だ。ケスハーンはコーネリアに社交の許可を与えたことになる。
「かしこまりました。お許しいただけたようで、今後貴族の皆様とも仲良くなれるよう努めますわ」
「お断りだわ! 高貴な方々がお前なんかと仲良くすると思っているの? 下賤な平民どもといるのがお似合いよ!」
ケスハーンが言い負かされたことで逆上したカヤミラが叫んだ。平民の生徒たちと勉強会を開いているのを知っていたからだが、これがさらに傷を広げることになった。
「今の言葉、聞き捨てなりません。撤回と謝罪を求めます!」
コーネリアが顔を上げ、まっすぐカヤミラを見て反論した。
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