第8話 カエル姫の友人

 魔法学校に通うのは基本的に貴族の子弟だ。魔法具研究は貴族の特権であり、一部例外が魔法具を扱う商人の子らだ。魔法具の販売は国が行っているが、実務を担うのは御用商人たち。販売先で問い合わせや修理の依頼があった時に対応できるよう、基礎的な知識を学ぶことを許されている。


 そんなわけでごく少数だが、魔法学校には平民の生徒がいる。


 談話室のひとつに、その平民の生徒が集まっていた。談話室を借りられるのは貴族だけだが、コーネリアが申請して場所を確保したのだ。


「手はこう。ええ、その形ですわ」


 ティーカップの持ち方を覚えようとする少女。


「足が曲がっていますよ。会釈は首だけを折るのは間違いです」


 姿勢を直される男子生徒。


「目線はこのあたりで。表情はもっと柔らかく……緊張なさっているのね。大丈夫ですよ」


 お手本の微笑みに頬を染める女生徒。


 その周囲には同じ課題を抱えた生徒が、コーネリアの指摘に耳を傾けている。あちらではゼアンが男子生徒の指導を行っていた。


「コーネリア様、ありがとうございます!」


 頭を下げてきたのは校門で話しかけてきた女生徒だ。名前はエマという。


「いいえ。皆様向上心に溢れておいでで、お手伝いできて嬉しいですわ。……もうちょっと、指先まで気を付けると完璧ですよ」

「あっ、すいません……」

「うふふ。練習の場ですもの。謝ることなんてありません」

「はいっ!」


 コーネリアは微笑む。エマは思わず心拍数を上げて元気に返事をした。





 思いつめた様子でエマが頼んできたのは、礼儀作法の講義だった。近々全校生徒そろっての懇親会が開かれる。中庭でのガーデンパーティで毎年の行事なのだが、そこで平民たちは肩身の狭い思いをするという。


「貴族の中にはマナーが未熟だと難癖をつけてくる方がいて……」


 所詮平民とマウントを取って来る質の悪いのが一定数いるらしい。悪質なのは絡んで「迷惑料」を巻き上げようとする者までいるとか。相手が裕福な商家だとわかっているからだろう。


 幼い頃から厳しくしつけられる貴族の子らと違い、平民はどうしても貴族的マナーに疎い。学校の授業は平民に配慮したものではないので、成績にも格差が開いてしまうのだ。


「でも、どうしてわたくしに?」


 不思議に思ってコーネリアは聞いた。


「その、コーネリア様の作法は完璧だと先生が絶賛していらっしゃったのと……」


 言い淀む彼女にコーネリアは首を傾げた。


「おっ、お綺麗だと思いまして……!」


 コーネリアはぽかんとし、ゼアンは笑みを深めた。


「いつ見てもしゃんとなさって、悪口にも負けないで、むしろ返り討ち……カッコイイ……いえ、その! コーネリア様なら話を聞いてくれそうだと思ったのもありまして」


 切々と訴えるエマに、コーネリアは当惑してゼアンを見た。ゼアンは微笑んで言った。


「コーネリア嬢のお好きになさるといいですよ。俺はいつでもそばにいるので」


 それを聞いたエマがあちらで胸を押さえて悶絶していたが、コーネリアは慣れない誉め言葉に動揺して見ていなかった。





 コーネリアは考えた末、エマのお願いを聞くことにした。向こうから話しかけてきてくれたクラスメイトはエマが初めてだったし、学ぼうとする姿勢には好感が持てる。平民なので妙な裏を心配しなくてもいいだろう。


 そんなわけでマナー講座を始めてみれば、一年だけでなく二年、三年の平民生徒もこぞって参加してきたのだ。どうやら教師は平民をわざわざ個別に指導する気はないようで、授業が終わると質問も受けてくれないらしい。


「なので、本当に皆助かっています。コーネリア様もゼアン様も、感謝しかありません」

「そんな、大げさですわ」

「本当ですよ! 作法だけじゃなく、魔法理論なんかもわからなければ自習しろとしか言われなくて、毎年ついていけなくなる生徒が出るんです」

「……それはわたくしたち留学生も同じですわ」

「えっ? そうなんですか?」


 魔法具の技術はヘーズトニアの秘匿事項だ。条約で留学を許したが、当然本音はなるべく外に出したくないと思っている。なのでこの十年、留学生は授業以上のことを学ぶ機会はなかった。地元の生徒は教師である魔法具師たちの研究棟に入れるし、そこで個別指導を受けることもできる。しかし留学生は国家機密があるという理由で立ち入り禁止だ。


 エルメインは持ち前の社交術で個人的に教えてもらったりして、歴代一の秀才と呼ばれるまでになったが、誰もができるわけではない。


「……勉強会も一緒にやりましょうか」


 コーネリアがぽつりと独り言のように呟いた。エマは目を見開き、ゼアンが振り返る。


「わたくしもお兄様たちの助けがなかったら今の成績は取れませんでしたわ。本当に難しいのですもの。わたくしも勉強になると思いますし、その……」


 コーネリアはゼアンを見上げる。


「お友達と勉強会って、楽しそうじゃありませんこと……?」


 国元でもヘーズトニアでも、カエル姫の悪名が有名なコーネリアは親しい友人がいない。ダメ? とお伺いを立てられたゼアンは顔を覆って天井を見上げた。


「君にそんな風にお願いをされたら、誰も嫌とは言えないと思うよ……」


 自分に効くのだからエルメインも撃沈されるに決まっている。そうなれば留学生に反対できる者はいない。ゼアンはそう思って承諾した。


 一体何の扉を開いたのかまたもやエマが悶絶していたが、コーネリアもゼアンもそれに気づくことはなかった。

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