第7話 苛立ち

 魔法学校でひときわ豪華な談話室。そこではカヤミラが爪を噛みながら落ち着きなくテーブルの下で足を踏み鳴らしていた。


「あの女の評価が上がるなんて……」


 ダンスの授業で仕掛けた嫌がらせは、盛大に失敗した。スマートに攻撃をかわしたコーネリアを賞賛する噂が流れ、あからさまな強硬手段を取ったカヤミラの評判は相対的に下がった。


 貴族の戦いは笑顔の裏の見えないところでやるものだ。どんなに腹の中が黒かろうとも、それを見せてしまえば三流。綺麗なまま品位を保ったコーネリアと、表情を隠せなかったカヤミラでは格付けは明らかだ。


 取り巻きたちもここのところ微妙に居辛い空気を感じている。元々権力者におもねって偉そうな態度を取っていた彼らはあまり好かれていなかったのだ。


 カヤミラはイライラと取り巻きに怒鳴った。


「何か情報はないの? あの女の苦手なものとか!」

「よくわかりません。授業でしか会いませんし……」

「女子生徒のお茶会があるでしょう?」


 カヤミラは言い募った。貴族子女の多いこの学校は、放課後に学生同士の簡易なお茶会が開かれることも多い。勉強会などの口実で情報交換や人脈作りは常識的に行われている。


 聞かれた女生徒は半ば自棄気味に叫んだ。


「誰も呼びませんよ! ケスハーン殿下とカヤミラ様に嫌われている人間なんか!」

「く……それはそうね。成績はどうなの? ケスハーン様の婚約者が劣等生なんてふさわしくないもの!」

「あの、中間試験では総合一位でした。最近では平民や一部の生徒がアドバイスをもらっているようで……」


 そう聞いたカヤミラがティーカップを投げる。幸い空だったが、投げつけられた生徒は慌てて飛び退いた。ふかふかの絨毯に受け止められて、カップは割れることなく転がるだけで済んだ。


「孤立させるはずだったでしょう! どうして人が集まっているのよ!」

「その、噂と本人に差がありすぎたのが……」

「はあ?」

「その、他人に見せられない醜貌というのはその通りなのでしょうが、それ以外は……ええと、あんまりそうは見えないというか……」

「はっきり言いなさい!」

「コーネリア嬢は、態度も話し方も穏やかで上品です。人当たりも柔らかく、とてもケスハーン殿下のおっしゃられるような悪辣な女には見えなくて……」


 それはコーネリアを貶めようと、ケスハーンとカヤミラがやたらと突っかかるのも原因だ。わざわざ挑発に来る相手を柔らかく受け止めるさまを何度も見せられれば、一体どっちが悪いのかと疑問を感じるのは当然だ。


「そんなの表面を取り繕っているだけに決まっているでしょうに! はっきり見せてやらないと愚民どもには理解できないのね!」


 自分が段々その外面も保てなくなっているのも気づかず、カヤミラは周囲を見回して言った。


「わかったわ。もうすぐ親睦のガーデンパーティがあるわよね? そこであの女の化けの皮を剥いでやる」





 コーネリアとゼアンは授業が終わるとまっすぐ寮に帰る。大分好意的な視線が増えてはきたが、いまだ敵の方が多いのだ。


 婚姻に備えてきたコーネリアは貴族教育の面ではすでに完璧だし、魔法具関係の勉強は寮でエルメインや先輩たちが教えてくれる。国元ではカエル姫と笑おうと、ヘーズトニアで王子の対応を見れば同郷の者として怒りも沸く。留学生はエルメインが統括していることもあり、全員がコーネリアの味方だった。


「他の生徒の皆様とも交流できればいいのですけど」


 歩きながらコーネリアが小さくため息をつく。エルメインはあちこちの社交場に顔を出しているが、コーネリアはまだどこにも出席していない。


「俺は……社交はエルに任せておけばいいと思うけど」


 コーネリアが見ると、ゼアンは視線を逸らした。武の家の彼は貴族っぽいやりとりがあまり得意ではない。パーティを面倒くさがっていた幼い頃の面影を見て、コーネリアはくすりと笑う。


 なんとなくほわっとした気分で歩いていると、ゼアンが不意に足を止めた。コーネリアも立ち止まる。


「何か用ですか?」


 ゼアンが声をかけると門扉の影で息を呑む声がし、一人の女生徒がおずおずと姿を現した。見覚えがある。同じクラスの生徒だった。


「あの、コーネリア様にお願いしたいことが……」


 小さくなってこちらを見てくる女生徒に、コーネリアは首を傾げた。

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