第6話 陰謀のダンスレッスン 2

 前奏が始まると、生徒たちがざわめいた。教師は目を丸くしている。


「これって……?」

「知らない曲だ」

「どっかで聞いたことがあるような……?」

「昔の古謡じゃないかしら? 一時流行ったって聞いたことが」

「そんなの習ってるわけないだろ!」


 口々に言い合う生徒たち。地元の人間も知らないような曲を持ち出してきたカヤミラに、ホールにいる生徒たちは眉をひそめる。ホールの端に固まった取り巻き一同もさすがに後ろめたいのか目を上げようとしない。


 ホールの中央に立つ二人は戸惑った顔を見合わせていた。ゼアンはもちろんまったく覚えがない。確認するようにコーネリアを見る。


「君は知ってる?」

「ええ、勉強してきたので一応は。何とか踊れると思うのですけど……」


 婚約が決まってからコーネリアはヘーズトニアの風習や歴史をずっと学んでいた。侯爵夫人は容姿で勝負できない娘に、知識や所作を徹底的に叩き込んでいた。それが娘を守ることにつながると思っていたからだ。その考えは正しく、コーネリアはこの曲を知っていた。


 問題はゼアンの方だが、コーネリアが踊れると聞くとあっさりと言った。


「わかった。なら俺が合わせる」

「えっ、でも……」


 もう前奏が終わってしまう。笑みを浮かべるゼアンにうなづき返して、コーネリアは最初のステップを踏み出した。


 イントロで反応の鈍かったゼアンとコーネリアの様子に、カヤミラはしてやったりと笑った。これはワイラの古謡で、以前はヘーズトニアでも物珍しさから好まれた。だが世代が変わると流行も変わって、今では公式の場で踊ることなどない曲だ。バーンイトークから来たあの二人が知っているはずはない。


 棒立ちのまま恥をかけばいい。そう思っていたのに、二人が動き出した。


「どういうこと……!?」


 カヤミラも驚いたが、それ以上にコーネリアも驚いていた。本当にゼアンが違和感なく合わせてきたのだ。


 コーネリアが前に出ようとすれば後ろへ下がり、右へ踏み出せば右へ、左へ向けば左へとゼアンも動く。タイムラグは一切ない。時々「ここでターン」などとちょっと指示を出しただけで、的確に形を作ってきた。


 ゼアンは優れた動体視力と反応速度で、コーネリアの目線や筋肉の動きを見てステップを先読みしていた。体を動かすことには自信がある。ゼアンにとって、ダンス程度はたいした運動ではないのだ。


 そして一周踊れば覚える。堂々とコーネリアをリードするゼアンに、カヤミラは目を剥いた。適当に踊っているわけではなく、正しいステップで姿勢も美しい。これでは文句のつけようがない。


「嘘でしょ……どうして!?」


 思わず叫んだカヤミラに冷ややかな視線が刺さる。はっとしてカヤミラは口をつぐみ、歯ぎしりをして中央の二人を見守った。


 この曲が廃れたのは、動きが激しく疲れやすいのも一因だ。テンポが速い分ステップも多く、足さばきが難しい。さっきから二人はずっと踊り続けている。涼しい顔をしているが、さぞ疲れているだろう。疲労で足がもつれて転ばないかとカヤミラは期待した。


「ネリア、もう覚えた。楽にして任せて」

「はっ、はい」


 実はコーネリアはさすがにもうついていくのがやっとになっていた。しかし今度はゼアンが引っ張ってくれる。姿勢を崩さないようにコーネリアの体重を支え、自然に足が動くように誘導してくれた。まるで羽でも生えたような気分だ。


 ゼアンにしてみればコーネリアの重さなどあってないようなものだ。体力的な余裕もあるので何も困らない。


 婚約者のいるコーネリアと夜会への出席がほぼないゼアンは、今までこんなに長時間一緒に踊ったことはなかった。しかしゼアンは少しも揺らぐことなくコーネリアを手厚くサポートしてくれる。


 それが嬉しくて、コーネリアの頬に自然と笑みが浮かぶ。疲れてはいたが、それ以上に楽しい。美しく見せるために表情を取り繕う必要もなかった。ゼアンも笑みを返してくれて、音楽が終わるまで二人はピッタリ息の合ったダンスを続けた。


 ジリジリしながらカヤミラは呪い続けたが、結局二人は完璧に踊り切ってしまった。コーネリアとゼアンが最後に観客に向かって礼をすると、わっと歓声が上がり拍手が起こった。


 教師が笑顔で拍手しながら尋ねた。


「素晴らしいですわ! 難しい曲ですのに、一体どこで学ばれましたの?」


 息を整えながらコーネリアもにっこりと答えた。


「バーンイトークに来ていた外交官の方に教えていただきました。古いものだけど、プライベートな会では踊ることもあると伺いましたので」

「まあ、さすがです。ご立派な心掛けですわ!」


 そう聞けば生徒たちも悪い気はしない。コーネリアはきちんとヘーズトニアを知ろうと努力してここにいる。感嘆の声が上がるのを聞いたカヤミラは、歯噛みしてダンスホールを出た。


「ふざけんじゃないわ……どうして失敗しないのよ! カエル姫のくせに!」

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