第5話 陰謀のダンスレッスン 1
コーネリアとゼアンは、粛々と授業を受け学生生活を送っていた。
陰口を叩くと何もないところでつまづいたり、物が落ちてきたりするので教室はだいぶ静かになった。騒いでいるのはケスハーンとその関係者ばかりで、コーネリアは冷静に対処しているのも大きい。王国派の生徒たちは、ひとまず静観を決め込むことにしたようだ。
そんなある日、ダンスの時間にカヤミラが乱入してきた。
「男子が端数で余ると聞いたので、お手伝いに参りましたわ!」
教師は困惑しながらも王子のお気に入りを追い出すことはできず、取り巻きはどうぞどうぞと招き入れる。冷めた感じで見ているのは王国派や中立派の者たちだ。
「今日はダンスパーティを想定して踊ってもらいます。準備はよろしいですか」
女子生徒はホールに適当に散り、男子生徒のダンスの申し込みを待つ。そのあたりの作法も込みでの練習ということだ。
順番に何組かづつ踊っていき、頃合いを見てゼアンはコーネリアを迎えに行こうとした。今までもコーネリアに申し込む男子生徒はいなかった。遠巻きにされているのは相変わらずなのだ。
するとゼアンの進路を塞ぐようにカヤミラが割って入った。
「
「いや、俺は……」
「田舎者だからって気後れすることはないんですのよ。妾が手取り足取り教えて差し上げますわ」
コーネリアの方を見ると、男子生徒が一人彼女の手を取ろうとしていた。目が合ったコーネリアがうなづいたので、ゼアンはカヤミラの誘いを受ける。明らかに何か企んでいる様子だが、ひとまず出方を見るしかない。
カヤミラをエスコートしてホールに進み出ようとした時に、声が聞こえた。
「ちっ、ステップも合わせられないのかよ! 先生、気分悪いんで休憩します!」
さっきコーネリアを誘っていた男子生徒だ。ホールの真ん中にコーネリアを放り出して、さっさと引っ込んでしまう。ダンスの輪の中でコーネリアは一人取り残されてしまった。
思わず動いたゼアンの腕に、カヤミラが自分の腕を絡める。
「あら、妾を一人置いていくおつもりですの?」
上目遣いにゼアンを見上げて、カヤミラは胸を押し付けてきた。よっぽど自信があるのだろうが、ゼアンには欠片も響かない。
「あなたは生徒ではないだろう。授業に参加する必要はない」
一蹴してゼアンはカヤミラの腕からするりと抜けだした。カヤミラが引き止めようとした時には、ゼアンはもうホールの中央へたどり着いていた。コーネリアの手を取り、一礼してゼアンは言った。
「コーネリア嬢。踊っていただけますか」
「喜んで」
他に何組もが踊るフロアで最初からそこにいたように、二人はあっという間に音楽に乗ってステップを踏み始める。
「ありがとうございます、ゼアン様」
「幼稚な嫌がらせだ」
あのままではコーネリアはどこにも行けず、晒し者にされていただろう。ふと気配を感じてゼアンはコーネリアを抱き寄せ大きくターンした。隣に寄ってきていたペアが狙いを外され、別のペアにぶつかって悲鳴を上げた。
「まだやる気らしい」
ゼアンは意地悪く笑った。今踊っている生徒たちは、カヤミラの協力者なのだろう。ホールに出る順番も仕組んでいたのかもしれない。
「せっかくだから、もう少し踊りましょうか」
「お任せしますわ」
二人は顔を見合わせて微笑む。コーネリアはゼアンが人並み外れた身体能力を持つことを知っている。自分が反応できなくてもゼアンのリードに任せておけば安心だ。
引っ掛けようと伸ばされた足を軽快に飛び越え、ぶつかってくる障害物をかわしながらのダンスは緩急があって存外楽しかった。二人の邪魔をしようとした生徒の方が、目論見を外されバランスを崩して転倒している。
ここまでくればさすがに関係ない者も察する。カヤミラの協力者は苦い顔だが、そうでない者は面白そうに踊る二人を見ていた。
曲が終わり、二人がホールの中央で終了の挨拶をして戻って来る時には、周囲は死屍累々だった。失敗してバランスを崩した者もいるが、ゼアンの誘導に引っかかって衝突したペアもいる。結果踊り切ったのはコーネリアとゼアンだけだった。
「お見事でしたわ」
教師が二人に囁き、苦笑気味に手を叩いた。
「さあ、皆さん。お疲れでしょうから休憩なさって」
のろのろと屍が起き上がってホールの隅に固まる。それを見るカヤミラの顔も屈辱に歪んでいた。
「あの状況で踊り切るとは。さすがだな」
「綺麗なダンスでしたわ」
「リードも力強くて素敵……」
コーネリアとゼアンの健闘を称える声に、カヤミラは眉を吊り上げた。キッと唇を噛み、声を張り上げる。
「まあ、お二人ともダンスがお上手ですのね。是非皆にお手本を見せていただきたいわ。ね、先生?」
「え? ええ……」
突然話を振られた教師は曖昧に返事をした。巻き込まれたくはないが、カヤミラを怒らせるとケスハーンににらまれる。
カヤミラはゼアンとコーネリアをホールに引き戻し、魔法具の演奏器具をセットし直した。
「これは有名な曲ですのよ。婚約者様なら当然ご存じですわよね? 期待しておりますわ!」
始まった曲は、テンポの速い耳慣れない音楽だった。
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