第4話 焼肉パーティ:悪だくみ

 留学生寮の一角は、研究棟として使われている。魔法具作成の実習ができるように、必要な機材や素材が置かれている。留学生の元締め的な立ち位置にいるエルメインは、そこに個人の研究室を持っていた。


 今その研究室には、場違いな食欲をそそる匂いが充満している。エルメインは匂いの元を横目で見ながら尋ねた。


「で、クラスの様子はどうだ?」

「お前が過保護になる理由がよくわかった」


 ゼアンはフライパンの上の肉をひっくり返しながら答えた。テーブルの上にコンロを置き、そこで薄切りにした肉を焼いているのだ。肉は焼けた端からゼアンの胃袋へ消えていく。エルメインはその健啖ぶりから目を逸らして言った。


「向こうの仕業か?」

「多分。時々馬鹿王子がわざわざやってきてネリアの悪口を言うんだ。そもそもあのカヤミラという女は、どうしてあそこまで大きな顔をしているんだ?」

「ヘーズトニアでは親ワイラの派閥が強い勢力を持ってるんだ」


 この世界には人類共通の脅威として魔獣と呼ばれる生き物が存在する。魔法という不可思議な力を使う、狂暴で強力な怪物だ。人類はその魔獣と戦いながら、国を作り版図を広げてきた。


 小国であるヘーズトニアが他国に対し一定の発言力を持っているのは、ひとえに魔獣に対抗する魔法具を開発し各国に提供し続けてきたからだ。そして隣り合うワイラはヘーズトニアの安全保障に助力する見返りに、魔法具の優先権を得ているのである。


 両国の関係は深く、第一王子を生んだ現王妃もワイラから嫁いできた元王女だ。カヤミラはその王妃の伝手でケスハーン付きの侍女となったらしい。


「ネリアとの婚約が決まってすぐのことだ。ワイラの差し金だろうな」

「ワイラとバーンイトークは仇敵みたいなものだからな」


 ワイラはバーンイトークの土地を狙ってちょいちょい手を出してくる危険な隣人だった。当然友好的な間柄のわけがない。


「馬鹿王子とその支持層は完全にワイラ寄りだ。ワイラもネリアを王妃にはしたくないはずだから、婚約破棄に動くだろう。だがそれでネリアが傷つけられたり、名誉を損なわれるのは許せん。奴だけが自滅してくれるのが一番いいんだが」


 エルメインはゼアンの向かいに腰を下ろした。


「ただ、最近大分情勢が変わってきてはいる」


 二人が生まれる少し前、ワイラはバーンイトークにちょっかいを出して手ひどいしっぺ返しをくらった。その余波でワイラ国内では魔獣の活動が活性化し、大いに国力を落とすことになった。その結果ヘーズトニアがバーンイトークに接近してきたわけだが、同時にワイラの影響が強すぎることを懸念していた一派の台頭を招いた。


 現在ヘーズトニアの貴族社会は王国派とワイラ派に大きく分かれている。前者はワイラに頼りすぎることなく、王国として力をつけるべきと主張し、後者は従来通りワイラと協調するべきだと主張している。


「といっても王国派は反ワイラってだけで、味方というわけじゃない」


 ワイラを排除してもそこにバーンイトークが入れば同じことだ。ゆえに王国派も簡単にバーンイトークにすり寄りはしない。対抗勢力として利用したいだけだ。


「まあワイラ派を追い落とせば、確実に馬鹿王子の力を削げる。一緒に転落してくれれば万々歳だが、そこまで都合よくはいかないだろう。それでも攻める隙くらいはできるだろうから、ネリアの安全のためにもひとまずその方向で動くつもりだ」


 言いながらエルメインは焼き上がった肉をひょいとピンセットでつまみ上げ、口の中へ放り込んだ。


「あ、なんだこれ美味うまっ!」

「おい、エル?」


 つまみ食いを始めたエルメインをゼアンがにらんだ。


「これは俺用だろうが。何でお前まで食おうとするんだ」

「いや、だってお前が美味そうに食ってるから……これ本当に魔獣か?」

「食える種類や処理の仕方があるんだよ。一応軍事機密だぞ」


 バーンイトークの辺境、アンサト領は特殊な土地だ。魔獣がひしめく魔境に隣接しているため、家畜が思うように育たない。食われてしまったり気配に怯えて死んでしまうのだ。そのせいで魔獣を食肉とする文化が生まれた。そして魔獣食には思いもよらぬ副作用があった。人体の強化である。


 辺境以外ではまったく知られていないが、魔獣を食べ続けると身体能力が上がり魔獣とも互角に戦えるようになる。魔獣が持つ魔力を吸収するからだというのが定説だ。辺境で生まれたゼアンは、幼い頃から当然のように魔獣を食べて育った。おかげで人間離れした身体能力を持っており、ヘーズトニアでも早速役に立っている。失礼な奴を黙らせるために、木の枝を頭に落としたりとか。


 というわけで体を維持するため、こうしてひそかに持ち込んだ魔獣肉を食べていた。俺用というのはそういう意味だ。とはいえ、そろそろ在庫は心もとない。


「もう残り少ないんだぞ。どこかで補給しないといけないっていうのに」

「そこは情勢が変わったと言っただろう? 王国派が勢いづいているのはもう一つ理由があるんだ。ワイラが抑えきれなかった魔獣がヘーズトニアにも侵入してきてる。それでワイラに対する反感が国内で大きくなってるんだ」

「何?」

「軍関係者から目撃情報をもらえるようにしてある。こっそり行って狩って来い。お前なら簡単だろ?」

「……そういうことなら」


 狩る当てがあるのなら、分け合うのに否やはない。エルメインはフォークを取ってきて本格的に御相伴にあずかった。


「ついでだからこれもデータ取るか」

「陛下が発表させないと思うぞ」

「別にいいさ。やってみたら魔法研究も面白くてね。……うん、マジで美味いな」


 魔法具作成のため、ここには魔力計がある。誰も辺境の強者を数値で測ったことはない。エルメインは研究者の顔で、目を輝かせた。

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