神剣は公爵を追う



 ヒルグレイブ公爵の屋敷の中は、おそろしく金がかかっておった。

 そこかしこにある調度品は王宮にあるものと比べても遜色無い。いや、むしろこちらの方が高価たかいのではないか。派手過ぎて我の好みでは全くなかったが。


「ひいっ……! く、来るなっ!!」


 我――聖魔の神剣エンズは逃げ惑うヒルグレイブ公爵を追っていた。掃除の行き届いた廊下を歩くのは非常に楽だ。ダンジョンとは雲泥の差。夜といえど視界も良好。等間隔に設けられた燭台が獲物の姿を照らし出してくれる。


 足をもつれさせながらみっともなく逃げる姿は、アレコレと我が主の足を引っ張ってくれた黒幕のとしてはいささか以上に情けない。


 デカ女エミリアの神殿から小娘コアルにトンネルを掘らせて眼鏡女ローザのいる魔導書庫へ赴いて手持ちの情報を繋ぎ合わせたところ浮上したのがこのノルクス・ヒルグレイブであった。王の施策の足を引っ張ってみたり、犬猿の仲である侯爵に連なる商家や貴族への敵対行動。挙句の果てには国王我が主の暗殺未遂。眼鏡女の話ではこやつ、王家の遠縁にあたる血筋らしいのだが何かの間違いではないか?


「このっ!!」


 愚鈍極まるヒルグレイブ家の当主は丁寧に花の活けられた花瓶――これまた高価そうな逸品であった――を掴むと、我に向かって投擲してきた。わざわざ避けるまでもなく花瓶はあらぬ方向へ綺麗な放物線を描いて飛んでいく。


「……無様じゃな、ノルクス・ヒルグレイブ。事が露見すればこうなることくらいわかっておったろうに」

「だっ、黙れ! 貴様のような小娘に何が分かる!!」


 馬鹿の考えなど理解したくもないのじゃが?


 逃げながら喚くノルクスにするりと追いつき、よく肥え肉を蓄えた腰を軽く蹴り飛ばしてやる。「ぶひぃ」と悲鳴を上げながら廊下を転がった。毛足の長い立派な絨毯のおかげで怪我はなさそうだ。よかったな。


 ノルクスは転んだ姿勢のままこちらを向いた。尻餅をついた状態で我を睨みながら後ずさり。唾を飛ばし喚き散らす。


「わ、私は本来王位を継承してもおかしくない立場の、と、特別な人間なのだ! 王家の血筋だ! 特別なのだぞ!! だのに先王の時も、アルベルトの時も! 私は選ばれなかった。おかしいだろう!?」


 おかしいのは貴様の頭では? 眼鏡女の話では公爵に流れる王家の血は従兄弟いとこの子の子くらいの濃さ、いや、薄さらしい……。


「アルベルトなどよりも私の方がよほど相応しいのに! 無能の第三王子如きが!」

「……」


 我は影すら残さぬ速度で彼我の距離を詰めた。無言で腹を蹴る。今度はかなり強めに蹴った。


「ぐはっ!?」

「おい貴様。我が主を愚弄すると容赦せんぞ。――知らんのか? 〈王の器〉は継承権者の中で最も相応しい者に受け継がれる。薄いとはいえ血筋であれば貴様も継承権はあったであろう。それでも選ばれなかったのは〈王の器〉に認められなかっただけじゃ。馬鹿者めが」

「……お、〈王の器〉だと? あんな御伽噺で王位が決まるものか」

「そう思いたいならそう思っておればよかろう」


 更に蹴った。


「ぐぅっ」

「貴様はいくつも罪を犯した。償いはしてもらう。我としてはここで死刑としたいところなのじゃがな」


 ノルクスの前に膝をつき、顔を近づける。

 怯えた瞳に我の姿が写り込む。明確な殺意を滲ませた、我の姿が。


「ひっ……」

「おって我が主が審判を下す。それまでおとなしくしておれ」


 手刀を首筋に一発。回避するどころか何をされたかもわからずノルクスは気絶した。手足を縛って猿ぐつわを噛ませて適当な部屋に放り込んでおくか。


「やれやれ。思ったより時間を食ってしもうたな。我が主が無事であればよいのじゃが」

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