【幕間】
魔導書庫の招かれざる客
魔導書庫の扉を開き挨拶も無しにずかずかと入ってきた者の姿を見て、宮廷魔術師のローザはほんの僅かに頬を引きつらせた。
入ってきたのはふたり。
ひとりは装飾過剰でかえって下品という仕立ての良さを完全に台無しにした服で着飾った上級貴族だ。ローザはその顔に見覚えがあった。嫌というほど。
ヒルグレイブ公爵家の当主、ノルクス・ヒルグレイブ。王家とは縁戚にあたり、リーデルシュタイン王国の大貴族である。
「おお、シャルロットよ。こんなカビ臭いところにいたのだな。探すのに苦労した」
お気に入りの場所を貶されてもシャルロットはおくびにも出さずににっこりと微笑んだ。真似できないなー、とローザは胸中で唸った。
「ごきげんよう、ヒルグレイブのおじさま。かびくさいだなんておっしゃってはいけませんわ。ここは王国でいちばんの知識と知恵のあつまるところですのよ」
軽くたしなめるに留めるさりげなさ。王族であるということはこの年齢の少女にここまでのバランス感覚を身に着けさせるのか、と感心する。
「フッ。知識はともかく、知恵はどうであろうな?」
対するノルクスは大貴族とは思えぬ態度で嘲笑を浮かべた。侮蔑に満ちた視線をローザへと投げかける。
腹は立っても相手は公爵。大貴族様だ。自分以外であれば萎縮、恐縮するかもしれない。でも私はしないんだよねー、とローザは嘲笑を軽薄な笑みで打ち返した。
「あっはっは。お変わりないよーで何よりです、大公閣下。腹も態度も大きくあらせられますな」
「一族の恥部がッ。先王の慈悲にいまだに
一族の恥というならそっちだろう。貴族の家に生まれただけで庶民より偉いと思い込めるのは一種の病気だね。と思いはすれど口には出さない。
その代わりに、
「私が宮廷魔術師に任じられているのはひとえに私の才覚によるものです。それに陛下にも引き続き宮廷魔術師としてお認め頂いています。それもこれもヒルグレイブ公爵家とはまったくぜんぜんこれーっぽっちも関係ありませんのでどーぞどーぞご安心くださいな、閣下」
自分はお前とは違う、と明言してやった。家名? 知らないな。
「貴様っ!」
顔を真っ赤にして拳を振り上げるノルクス。周りにおべっかを使う者しかいないのだろう。煽り耐性が低すぎだ。
「シャルロット王妹殿下の御前ですよー。
「……王妹殿下か」
ノルクスははっと我に返った。
そしてローザにとって意外なことに、彼は笑い出したのだった。
「ははは。そうであった。シャルロットに用があってこんなところまで足を運んだのだ。貴様の相手などしている暇はないのだ」
「探していた、とか言ってましたね。そーいえば」
シャルロットに? 何の用だ?
ローザの頭脳が高速で思考を巡らせる。
結論が出るより早く、ノルクスは言った。
「シャルロットよ。お前に王位を継承してもらいたいのだ」
あまりに想定外な発言にさしものローザも数瞬、言葉を失った。
「……閣下、あなた何を言っているのかわかってます? アルベルト陛下に対して不敬ですよ」
「不敬などという言葉が貴様の口から聞けるとは思わなんだわ!」
「私を虚仮にするするのはけっこーですけどね、シャルロットくんに王位継承だなんて……アタマ大丈夫ですか?」
「貴様は好きなように吠えておれ。私が話をしているのはシャルロットだ」
シャルロットも困惑を隠せていない様子だった。
「ヒルグレイブのおじさま? おっしゃっている意味がシャルにはよくわからりませんわ」
「ああ、シャルロットよ。おまえにこのような事実を伝えるのは本当に心苦しいのだが、許してくれ。お前の兄、アルベルト国王陛下は――命を落とした」
「えっ」
シャルロットの困惑が動揺に変わった瞬間、ずっと黙ってノルクスの背後に控えていたもうひとりの人物が口を開いた。
「間違いありません」
その人物は仮面をつけていた。
性別の判然としない声色は欺瞞魔法によるものだろうとローザは判断した。
「アルベルト陛下はダンジョン探索中にお亡くなりになりました」
寒々しい声が淡々と告げる。
仮面の笑みが更に歪んだように見えた。
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