千載一遇


 コアルを抱えて、階段を駆け下りる。僕の後ろをタッカーとノリスのふたりがついてくる。最下層に近付くにつれ、コアルはすごい勢いで不機嫌になっていく。腕の中で「うぅーっ」と獣じみた声で唸っているのだ。


「どうしたのコアルちゃん。揺らしてごめんね。怖かったのかなー?」

「あうぅ」

「よしよし。いい子いい子」


 撫でてあげるとコアルは目を細めた。シャルロットにするのと同じくらいに甘やかしているという自覚はある。そうやってなだめすかしているうちに階段を降りきった。


「うわっとぉ」


 階段のすぐそばに冒険者らしい女の子が三人、固まっていた。

 結構急いだもりだったけど、僕らより先にここまで到達している人がいたか――


 視線を向けるとよく知っている姿がふたつ向かい合っていた。

 片方は長い黒髪の美少女の姿をしたエンズだった。

 もう片方は真っ白な石像で、何故か僕の姿をしていた。

 両社とも構えを取ったまま、微動だにしていない。


「エンズ! 無事かい!?」


 僕の声にエンズはちらりと目線を向けて、怒鳴り返してきた。


「我が主よ、遅すぎじゃ!」

「ごめんごめん!!」

「ムカつくんじゃが!?」

「なんでっ!?」


 理不尽な怒りをぶつけられているような気がする。腕の中でコアルが唸った。

 タッカーとノリスが足を止めて遠巻きにしているのを確認しつつ、僕はエンズに近付いた。エンズの持っている剣はボロボロになっていて限界が近いのがわかった。


「無事でよかったよ」

「我が主もな」

「ところでその石像、なんで僕の顔してるの?」

「その幼女が迷宮核ダンジョンコアなんじゃろ」


 え? なにそれどういうこと?

 迷宮核? コアルちゃんが?


「我が主はわかっておって連れ歩いておった……わけではなさそうじゃな」

「あ、うん」

「ただの僥倖ラッキーか。持っておるのう」

「いやあ、あはは」

「褒めとらんぞ。我が主よ、さっさと守護者ガーディアンの動きを止めさせよ。睨み合いにはもう飽いた。――あと、いつまで抱きかかえとるんじゃ!」


止めさせろと言われても……。


「コアルちゃん、頼めるかな?」


 とりあえず頼んでみた。コアルが「だぁ」と両手を振り回しはじめる。うわ、あぶないってば。僕は落とさないように抱きなおす。エンズが殺気混じりで睨んでくる。主に向ける視線じゃないよねソレ。


「Guoooooooo……!!」


 咆哮を上げながら石像が崩れ落ちて石の山ができた。かと思うとその石は地面に溶けるようにして消え失せた。コアルが僕を見上げて、ふんす、と鼻息を荒くした。本当にこの子が迷宮核だったのか。人間にしか見えないけどなあ……。それにしてもドヤ顔かわいいな。とか思っていたらエンズの肘が脇腹に突き刺さった。


「あいたっ!? なにするんだよっ」

「だらしない顔を晒しとるからじゃ。おい迷宮核ダンジョンコア、そこから降りよ」

「べぇえ~」

「貴様ぁ! 勝手に我が主を石像のモデルにした挙句にその態度はなんじゃ!?」

「うぅー!」


 エンズは僕からコアルをひったくると、頬を引っ張りはじめた。コアルはコアルでエンズの鼻に指を突っ込んだ。体格的にはエンズの方が有利なんだけど、コアルも見た目からは想像できない機敏な動きで反撃している。ええと、これは止めた方がいいのかな……。


「ていうかなんで君たち喧嘩してるの?」

「「はぁ!?」」

「ええぇ……」


 ふたりが息ピッタリで僕を睨んだ。僕、怒らせるようなことなんかした? 僕が悪いの?

 なおも続く取っ組み合いを僕はどうしたものかと眺めているしかなかった。






 何がどうなったのかさっぱり状況が掴めないけど、はっきりしてることがひとつだけあった。


「リズ、フィオナ。あれ、あの人……」

「うん」

「間違いない」


 石像と同じ顔。あれがアルベルト国王だ。私たちのもうひとつの目的。仮面の人から受けた依頼の標的だった。


 見たところエンズはアルベルト国王知り合みたい。エンズの言ってた「ツレ」って国王陛下かー。そりゃエンズが滅茶苦茶強いのも分かる。王族の側近ってことでしょ?


「どうしよう」


 エンズの強さはこれまでさんざん見てきた。私たち程度がどうにかできる相手じゃない。


「どうもこうも、やるしかないだろ」

「なんか小さい女の子と喧嘩してるし、今ならやれるんじゃない?」


 やれるんだろうか。でも、やるしかない。

 私は覚悟を決めて頷いた。




 

 

「おい相棒。やるぞ」


 俺は相棒のノリスに小声で告げた。相棒は小さく頷いた。ダンジョン最下層。標的を見つけて臨時パーティを組みつつ暗殺を試みて失敗続きでとうとう最下層だ。これが最後のチャンスなのだ。


「タッカー」

「ンだよ」

「あの女の子たちよぉ」

「オンナのケツ追っかけてる場合じゃねえだろ」

「違うって。あの子たちも――」


 あの子たち、だと!?

 よくよく見れば先に最下層に到着していた女冒険者たちもじりじりと標的に近付いていた。その動きは、俺たちの動きとそっくりだった。つまり、そういうことだ。


 あのクソ仮面野郎……! 俺たち以外にも発注してやがったな! 

 ここまで来て先を越されてたまるか!


「相棒、行くぞ!」

「おうよっ」


 俺たちが飛び出すのを見て、女冒険者たちも弾かれたように動き出した。全員が獲物を手に、標的に飛び掛かる。標的は幼女と少女の他愛無い喧嘩を眺めている。その背中は、隙だらけだ。った――!


「我が主!!」


 僅かに滲んだ殺気に黒髪の少女が気付いた。だがもう遅い。


 少女から見れば幼女を挟んで標的は立っている。更にその背後いる俺たちふたりと、女冒険者三人。この位置取りで、この一瞬で、五人すべての攻撃を阻止するのは不可能だ。


 アルベルト国王陛下、お命頂戴する!!

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