タッカー&ノリス(4)



 リーデルシュタインの国王暗殺の依頼を受けた俺――タッカーは相棒のノリスに加え、偶然出くわした標的ターゲットとそいつが連れていた子供を合わせた合計四人でダンジョンを進んでいた。


 俺は先頭を歩く若き国王の姿を注視していた。


 中肉中背。鍛えられてはいるようだが威圧的なほどではない体格。茶色の髪は王族というよりも平民のようだ。顔立ちも平凡でやはり王族らしさは感じられない。街ですれ違っても印象に残らないような風貌だった。俺だってあの仮面の男から精巧な人相書きを見せられていなければ、コレが新しい国王だとは信じられなかっただろう。


「……」


 一見するとどこにでもいそうな青年なのに――、俺は失敗を繰り返していた。


 失敗。そう、失敗だ。

 何に失敗しているかというとそんなものは暗殺に決まっている。

 俺は標的に遭遇してからこっち、隙を窺って何度も暗殺をしかけていた。そのことごとくを失敗しているのだ。


「なあオイ、どうしたんだよ?」


 相棒が訝し気な様子で声をかけてくる。


「さっきから何やってんだ?」

「うるさい、黙ってろ相棒」


 標的にバレたらどうするんだ。

 俺はダンジョンの壁の一箇所に目を付けていた。

 トラップだ。

 岩肌に偽装されたスイッチ。

 押せば矢が射出されるはずだ。たぶんあの辺り。そう、ちょうど、標的が歩いているあたりに。


「……」


 俺は無言でスイッチを押した。

 カチリ、と確かな手応えが返ってくる。

 罠が作動し、風切り音がダンジョンの空気を裂いた。


 放たれた矢はまっすぐに標的めがけて飛翔。当たると思った刹那、標的は僅かに顎を上に動かした。彼の抱いている子供に髪を引っ張られたのだ。その顎先を矢が通り過ぎた。壁に突き刺さる。


「痛っ?」


 矢が掠っていたらしい。

 僅かに標的の顎先に微かな傷ができているのが俺にも見えた。


「大丈夫ですか?」


 白々しく声をかける。

 反応を窺うためだ。


「ちょっと掠っただけだから大丈夫ですよ」

「そりゃよかった。気を付けていきましょう」


 俺は壁に突き刺さった矢を引き抜いた。確認する。毒。やはりこの罠にも毒が塗布してあった。猛毒だ。このダンジョンの罠はやたらめったら毒を多用してくる。性根の悪さがにじみ出ている。


 まあ、ダンジョンの性質はさておき。


 ……どうして猛毒の矢が掠って平気な顔してやがるんだ!?


 ニコニコ笑いながら子供をあやしてすらいる。高い毒耐性でも持っていやがるのか? 状態異常に対する耐性は稀少な能力だ。神贈ギフトかよ。王族だからってチートすぎじゃあないか? くそっ。


 ダンジョンのそこら中に仕掛けられた罠を利用した暗殺はもう何度も仕掛けているが、その都度失敗している。誤って相棒がトラップに嵌った時には助けてもらいさえした。


 凡庸な容姿からは想像もつかない高性能ハイスペック


「あぁー」

「どうしたの、コアルちゃん」

「あぁー。だぁー」

「痛い痛い」


 鼻の穴に指を突っ込まれてフガフガ言ってる姿は程度の低いベビーシッターなんだがな。

 やれやれ。

 まあ、まだ機会はある。

 自分を慰めるように小さく溜息を吐いた。


「あぁー……」


 コアルとか言う子供がまだ喚いている。あまりうるさくされると魔物モンスターが寄ってくるかも知れない。ちらりと声の方を見た時、視線がぶつかった。俺と、子供の視線が。


 子供は標的に抱きかかえられて、肩越しに俺を見ていた。

 見透かしたような、冷めた視線にぞっとした。悪寒。こんな子供に?


「どうした?」

「な、なんでもねえよ相棒」






 その後も俺は繰り返し暗殺をしかけたが全く通じなかった。

 槍衾やりぶすまも、警報罠ブザートラップも、突発的に表れた魔物も何もかも、いとも容易く退けていた。なんなら俺たちが助けられているくらいだった。


「大丈夫ですか?」

「すみません。迷惑おかけしてばかりで」

「いえいえ」


 子供を抱えているとはとても思えないような身のこなしに卓越した剣術。詠唱無しで発動する高レベルの魔法。ドン引きである。こんなの不意打ちでもどうにもならないんじゃなかろうか。王族ってのはみんなこうなのだとしたら世の中は不公平だ。 


 だからといって暗殺を諦めるわけにもいかなかった。

 依頼人の仮面が脳裏にちらつく。こちらも命がかかっているんだ。


 俺が意を決して罠を発動させようとした時だった。


「うわっ!?」


 足元が崩れた。落とし穴だと? 嘘だろ。俺が見落とした? そんな馬鹿な。

 そこには落とし穴は無かった。

 そのはずだ。

 俺が見落とすわけがない。このダンジョンの罠はこれまで散々解除したり使ったりして見極めはできている。

 なのになぜだ?


 標的を罠に嵌めるどころか自分がかかってりゃ世話ねえな。俺は落下しながら標的を見た。


 すると子供――コアルとまた目が合った。

 なんなんだこのガキはさっきから。

 気味が悪いったらないぞ。

 いや待て。

 まさか。

 こいつが、何かしてるのか?


「つかまってください!」


 一瞬の思考を遮って標的が伸ばしてきた手を掴んだ。見かけ以上の膂力に引っ張られて、俺は落とし穴から脱出できた。落とし穴の底には立派な杭が何本も突き立っていた。落ちていたら即死だった。


「怪我はないですか?」

「あ、ありがとうございます……」

「頼むぜタッカー。不注意で死なれちゃ困るぜ」

「うるせえよ相棒」

「ほんとに、無事でよかった」

「泣くんじゃねえよ。いい大人が」


 相棒を小突きながら俺はコアルを見た。

 その時コアルはこちらを見ておらず、顔を背けるようにしていた。

 一体何者だ、この娘。

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