ダンジョンに幼女は存在するか
どことも知れぬ場所を、あてもなく、彷徨っていた。
伸ばした手の先すら見えない深い闇の中を歩く。
時折遭遇するものは剥き出しの殺意と欲望をぶつけてきた。
恐怖にかられ、もつれる足で逃げている間もどこへ向かっているのかわからなかった。そして――
ここまでは大きなトラブルもなくやってこれた。
そう、ここまでは。
「……ねえ、エンズ」
「なんじゃ我が主よ」
「ダンジョンに幼女って出現するんだっけ?」
「はぁ? 幼女じゃと? 世迷言を申すでないわ」
馬鹿を見るような目を向けるのはやめてほしい。
世迷言とエンズは言うけど、
「いやだって、そこにいるんだよ」
僕の指差した先、細い通路の影から幼女が顔を僅かに覗かせている。
「すぐに底の割れる嘘を申すでない」
「ほらそこ!」
「む」
エンズが振り向き確認する直前、幼女は影に顔を隠した。
「……おらんではないか」
と、こちらに向きなおった時にはまた幼女は顔を出した。エンズ、後ろ! 後ろ!!
「まったく……、
酷いことを言うエンズは自分の台詞にハッと表情を変えた。
「ひょっとして我の事もそんな目で!?」
「あ、ロリババアは結構です」
「誰がロリババアじゃ!」
「
「シャルロット殿を見る目が時折おかしいのじゃが?」
「シャルは天使で妹だからセーフ」
「つまりシスコン、というわけじゃな」
僕たちがわちゃわちゃ言い合っていると、幼女はさっきよりも大きく壁から顔を出していた。
「ふむ」
エンズは片目だけを細めた。背後でそわそわしている幼女の気配を察したようだった。
「あのさ、エンズ……」
僕が声を掛けるより一瞬早く、聖魔の神剣の姿が掻き消えた。あ、と思った時には既に壁の影の幼女の首根っこを掴み持ち上げていた。
「うー! あぅー!」
じたばたと暴れる幼女をしげしげと眺めてエンズは頷いた。
「幼女。成程確かに幼女であるな。――我にも見えるゆえ、幻術の類ではなさそうじゃの」
幼女は冒険者っぽい恰好をしていた。っぽい、という表現になったのはどこかちぐはぐな格好だったからだ。ひらひらしたローブ風のスカートに丈夫そうなシャツを合わせて、革の部分鎧を組み合わせてある。武器は持っていない代わりに大きなリュックを背負っていた。中身は不明だがパンパンに詰まって膨らんでいた。
「見た感じ
「……こんな
「迷い込んだのかな」
「低い可能性ではあるが、否定もしきれんな」
どっちにしてもほったらかしにはできない。
「保護するしかないよね……」
「お優しいことじゃな。流石はロリコン」
ひとまずエンズの軽口は無視する。
僕は膝を折って、未だにじたばたもがいている幼女に向き合った。
「こんにちは」
「あぅー?」
えーと、言葉を理解できていない? のかな? よくわからない。
「エンズ、降ろしてあげて」
「害意は無さそうじゃし、まあよかろう」
エンズは掴んでいた襟首をぽい、と離した。幼女は落下。尻から着地。痛みと衝撃に涙目になってる。
「あぃー……」
「ちょっとエンズ!?」
「すまんすまん。手元が狂った」
「もう! えっと、大丈夫?」
僕が問うと幼女は両手を伸ばしてきた。
「いたた! 顔引っ張らないでよ!」
掴んでくる手の力は割と強くて容赦ない。
エンズがうわあ、と言う顔で僕を見下ろしてくる。主に対してそのゴミを見るような目はやめてくれないだろうか。
「痛がっておるのになにゆえそうも嬉しそうなのじゃ我が主よ」
「べ、別に喜んでないってば」
幼女にぐにぐにと頬を引っ張られて強引に笑顔にされてしまう僕を見て、エンズは嘆息。
「
「あぅー!」
幼女は楽しそう。機嫌が直ったなら、まあ、いいか。いいのかな?
「えーと、名前も分からないのかな……」
「なまえ……コ…ァル…」
「コアル? きみの名前はコアルっていうのかな?」
「コアル! あぅ! コアル!!」
合ってるっぽい。よかった。名前はなんとか分かった。
会話は結構厳しいけど、おいおいなんとかなるといいなあ。
などと考えていると、
「我が主よ!」
エンズが鋭い声で僕を呼んだ。
周囲に注意を払いながら言葉を続ける。
「妙な気配を感じる。幼女を抱いて探索を続けるのは無理があろう。一旦地上へ戻ってはどうじゃな?」
確かに。まだそんなに深くは潜っていない。ひきかえすこともできるだろう。
そうしよう、と僕が提案に同意する直前、ぐらりと床が揺れた。
何の前触れもなく、ダンジョンの床が崩れはじめたのだ。
体重を支えてくれていた地面がふっと感触を失った。床が抜ける瞬間、奇妙な浮遊感があった。
「我が主ッ!」
エンズの伸ばした手を取ろうとするけど、ギリギリで届かない。エンズに近い方の手で幼女――コアルを掴んでいたからだ。
崩落。
ダンジョンの床は時間経過で抜けることがある、とローザが言っていたのを思い出す。僕とエンズ、それからコアルは突如口を開いたダンジョンの暗闇に真っ逆さまに落ちていった。
エンズを見失う前に視線を交わし、頷き合うのが精一杯だった。
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