タッカー&ノリス(2)


 松明の明かりに照らされたダンジョンの壁はゴツゴツとした岩肌だった。何も無さそうに見えてトラップのスイッチが紛れたりしているので油断はできない。

 慎重に、かつ大胆に。

 緊張感を維持しつつ注意深く進む俺の背後から、


「なあなあ」


 緩み切った相棒が声をかけてくる。本当にコイツは……。


「なあおいタッカー」

「どうした相棒」


 名前を呼ぶんじゃねえよ、と何度注意しても改まらない相棒ノリスのアタマの出来にがっかりする。

 その相棒は、更にがっかりな発言をしやがった。


「本当にこんなダンジョンに王様がいるもんかねえ」

「馬鹿野郎!!」

「うわっ、急にでっかい声だすなよびっくりすんだろ!?」

「お前こそデカい声で喋るんじゃねえ」


 俺は相棒の間近まで戻ってボサボサの髪からはみ出た耳を引っ張って、


「痛てえってば」

「うるさい黙れ」


 小声で注意する。


「頼むから“王様”だなんて口に出すな。せめて標的ターゲットって言ってくれ。頼むから。マジで」


 いつものこととはいえ相棒の底抜けの馬鹿っぷりにはうんざりさせられる。


「どこで誰が聞いてるかも知れねえんだ」

「こんなダンジョンで誰に出くわすってんだよ」


 つくづく緊張感の足りない相棒だ。広いとは言ってもできたてホヤホヤのダンジョンなんだぞ。馬鹿みたいな人数の冒険者が攻略中のはずなんだから、うっかりエンカウントする可能性は低くない。

 それより何より、今回の標的にこのダンジョン内でそれこそ出くわさない限り、俺たちが受けた依頼を達成することは不可能なのだ。相棒はわかっちゃいないと思うが。


「……うわっ」


 その何もわかっていなさそうな相棒が何かに驚いた。


「どうした?」

「なんか動いた、今」

「ダンジョンだからな。魔物モンスターくらいいるだろ」

「冒険者かもしれねえ」

「は?」


 嘘だろ。血の気が引いた。嫌な予感。背筋を汗が伝う。

 

「俺たちの会話、聞かれたかもしれねえぞ。あっ逃げた」


 予感的中だ。くそったれ。


「だから口に出すなっての!」

「すまねえ!」

「謝ってる暇があったら追いかけろ! ほら、早く!」

「お、おう! そんで、追いかけてどうするんだよ!?」

「馬鹿野郎!」


 口封じするに決まってるだろうが!

 俺はその言葉をぐっと飲み込んだ。くそっ。我が相棒ながら残念すぎる。それくらいわかってくれよ。


 文句を言ってる時間がもったいない。

 俺は薄暗い通路を全力で駆け出した。


「急げ! 追い掛けろ!」


 王殺しを計画しているなんてバレたらタダじゃすまない。相手には申し訳ないが他人の会話を盗み聞きする方が悪い。諦めてもらおう。


 相棒がヒイヒイと喘ぎながら追いかけてくる。

 何が悲しくてダンジョンの奥でムサい野郎の喘ぎ声を聞かなきゃならんのだ。


「……そろそろ捕まえないとマズいよな」


 追いかけても追いかけても背中が近付いてこない。

 逃げる背中を追って、俺は小部屋に飛び込んだ。

 今のところ見失わずに追うことができているのは幸運でしかない。俺たちと一定の距離を保っている背中はぼんやりと光って――光って!?


 俺が異変に気付いた時にはもう遅かった。


 ……ダンジョントラップ!!


 人間の幻影を見せて罠部屋に獲物をおびき寄せるタイプの。

 罠というのは、


「この部屋そのものが魔物かよ!」


 ルームミミック。

 部屋に擬態するタイプのミミックだ。なんてこった。


「くそっ、戻るぞ相棒!」

「えっ」

「えっ、じゃねえよ。死にてえのか」


 動きも鈍ければ判断も鈍い。


「だってさっきまで進め、って」

「よく見ろ! 状況が変わったんだよ!」


 叫んでも時既に遅し。

 小部屋の入り口――要するにルームミミックの口――が閉じた。






 ルームミミックの口から這い出してきた相棒が安堵の溜息を漏らす。


「あー、死ぬかと思ったなぁ、タッカー。おい、怪我はしてねえか?」

「……おう」


 無傷だ。多少粘液で服がべとついているが、それくらいだ。


「どうした、そんな不機嫌な顔してよ。無事に生き延びたんだぜ? もうちょっと嬉しそうな顔しろって」

「相棒はお気楽でいいよな」

「へへっ」


 相棒は謎の照れ笑いを浮かべた。

 ルームミミックを倒すのにヤツの体内で虎の子の魔法の巻物マジックスクロールを使ってしまった。赤字とは言わないまでも予定外の出費である。冗談じゃないぞ。


「例の話も誰にも聞かれてなかったってことじゃねえか。良かったよな」

「どんだけ前向きなんだよ相棒……」


 ポジティブシンキングをここまで極めると人生もきっと楽しいだろうな。残念ながら小指の先ほども見習いたいとは思わないが。


「さあ、さっさと……えーと、標的を探そうぜ」

「上手く見つかればいいんだけどな」

下層したに進んで行けばそのうち見つかるって!」

「能天気かよ」


 とはいえ、他に方法はなさそうに思える。

 標的が先にダンジョンに入っている以上、見つけるためには俺たちも否応無しに潜るしかない。そう腹を括っている俺の横で、


「レアなアイテムも見つかるかもしれないしな! わはは!」


 相棒はニコニコしながらそんなことをホザくのだった。






 ミミック、ミミック、ちょっと高価なでもそんなに高くは売れないポーション、ミミック、ミミック。そんでまたミミックだ。


「おい相棒。もう宝箱見つけても開けるのやめろ」

「なんでだよ。もったいないだろ」

「収支が合わねえんだよ!」


 いい加減攻撃パターンが読めてきた俺はミミックの攻撃を躱し、すれ違いざま叩き潰した。


「きっとそろそろアタリが出る頃だと思わねえか?」

「思わねえよ」


 どうせまたミミックに決まってる。


「つうか、当初の目的を忘れてねえだろうな、相棒」

「えっ?」


 えっ、じゃねえんだよ……。


「あー、覚えてる覚えてる。久々にダンジョン潜ったから探検が楽しくなって完全にド忘れしてたなんてことはねえぞ! うん!」

「ほとんど自白してるじゃねえか」


 トドメを刺したミミックがアイテムをドロップした。ガラクタか小銭だろうと思ったら巻物スクロールだった。高位魔法の巻物なら収支は一気にボロ儲けに転じるが、世の中そんなに甘くないと俺は思っている。


 だが、


「おおっ」


 巻物を拾い上げた相棒が声を弾ませた。


「どうした?」

「こいつを見ろよ。俺らにもいよいよ運が向いてきたんじゃねえか?」

「……おいおいマジか」


 魔法の巻物マジックスルロールよりもいいものが手に入ったかもしれない。 

 俺は相棒が両手で広げている「ダンジョンマップ」を、食い入るように見詰めたのだった。

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