アルベルトの子爵家訪問



 宮廷魔術師ローザから提示された交換条件を受け入れた僕――アルベルト・リーデルシュタインは、仮の身分である貧乏男爵家の三男アルス・ヴューラーとして単身アップルトン子爵家を訪れていた。


 着いて早々、アップルトン子爵にすごい勢いで謝罪されて面食らってしまった。というのも、噂の“呪いのお転婆令嬢”ことミランダ嬢は現状に対する不満をぶちまけて屋敷を飛び出していったらしく……。


 噂に違わぬお転婆ぶりだな。


「当家の敷地の外には出ていないと思うのですが」とアップルトン子爵は顔面蒼白で口を開いた。彼には僕が王であることや、ミランダ嬢の呪いの件で訪問することは事前に知らせてある。勿論ミランダ嬢には内密にしてもらって。


「敷地内……っていっても広いですよね」

「誠に申し訳ございません!!」

「あー、アップルトン卿。今日の僕はアルス・ヴューラーですから。爵位はそちらが上です。なので、どうかそう畏まらないでください」

「ははーっ!」


 駄目だぁ。わかってない。下手すると責任を取って自害するとか言い出しかねない勢いである。


「とりあえず僕の方でミランダ嬢を探してみます。よろしいですか?」

「勿論構いませんが、申し上げた通り当家の敷地は広うございますよ」

「多分大丈夫です」




 僕は技能目録スキルインベントリから「クラス:野伏レンジャー」を有効化アクティベート。《追跡トラッキング》を開始。真新しい女の子の足跡を見つけて追いかけていくと、屋敷の裏の雑木林に続いていた。


 そして見つけた洞穴の中で、ようやくミランダに逢えたというわけで……。




「はじめましてミランダ様。私はアルス・ヴューラーと申します」

「アルス・ヴューラー様?」


 呪いの調査の件は本人には伏せてある。わざわざ国王です、と名乗るのも変な感じがするし。


「はい、しがない男爵家の三男です。どうか以後お見知りおきを」

「どのようにしてがおわかりになりましたの?」


 ミランダ嬢は至極当たり前の質問をしてくる。まさか野伏レンジャー技能の《追跡トラッキング》を使ったのだ正直に告白するわけにはいかない。僕はちょっと考えてから、


「こちらの林でミランダ様がええと、……散策をなさっているとアップルトン卿から伺いましたので、許可を頂いてミランダ様をお探ししていたのです。そうするうちに洞穴を見つけた次第です」


 ギリギリ及第点だろうと思える説明をした。


「どうしてそこまでなさってくださるのですか?」

「せっかく尋ねてきたのにお顔も見れないまま帰ってしまうのは残念だな、と思いまして」


 やはり真実を伝えるわけにはいかない。だから建前で答えた。言っててちょっと恥ずかしくなってしまったけど。


「大変失礼致しました」


 お見合いをすっぽかしていなくなった非礼を詫びるミランダ嬢に、僕は手を振って、


「あはは、どうかお気になさらず。それにしても」


 あたりをぐるりと見回した。そのおかげで面白いものを見ることができた。こんな風に改造してある洞穴ははじめてだ。王宮にだってこんな場所は無い。


「すごいですね……。秘密基地みたいです」


 正直言って羨ましい。いいなあ、秘密基地。憧れてしまう。


「そうなんですの! 小さい頃からちょっとずつ持ち込んできたのですわ。やっとここまで仕上がったのです!」

「いいですね。羨ましいです。――今もよくここには?」

「はい! 嫌なことがあった時なんかによく……あっ」


 いい笑顔とハイテンションのミランダが喋り過ぎたと気付いた時にはもう遅かった。思わず笑ってしまって、すまないという気持ちをこめつつ同意した。


「ひとりになりたいときってありますよね。立場を忘れて息抜きをしたくなるのはよくわかります」


 僕も城下に抜け出すのでよくわかる。かつては居心地の悪さから。今は、政務のしんどさから。たまには楽になりたい。だって人間だもの。


「あの、アルス様。御父様から私のことを聞いていらっしゃいますよね?」

「呪いのことですよね。はい、存じ上げています」


 呪いソレ目的できたのだから、当然知っている。


「……ご存知なのでしたらお話がはやくて助かります。ここにこれ以上長居なさらない方がよろしいですわ……。はやく、どうかお帰りになってくださいませ」


 自分の置かれた状況は過酷なものだというのにミランダ嬢は僕を気遣ってくれた。強い人だな、と思う。

 けれどその気遣いは遅きに失していたりする。


「もう遅いですね。あはは」

「えっ」

「既に呪いをかけられていますね、僕」

「えっ」


 驚いているということは、呪いを発動させた自覚は無いのか。無意識? それとも自動発動か? よくわからない。


「あの、お加減は大丈夫なのでしょうか?」

「あ、平気です」


 状態異常無効のスキルを持つ僕には呪いも効かない。呪いをかけられているという警告アラートだけは視界に表示さあらわれている。呪いと無効化の両方が常時発動しているせいで目がチカチカする。


「丈夫にできているので」


 状態異常無効なんてチートスキルのことを正直に伝えられないので、適当に笑っておいた。それにしても嘘ばっかり言ってるな僕は。


「丈夫とかそんな問題なのです!?」

「どうか落ち着いてください。御心配には及びませんから。それよりも――」


 ――そろそろ本題に入ろう。


「ミランダ様の、無意識に発動する呪いというのは、昔からのことなのですか?」

「あの、ええと、呪いが発現したのは……つい最近のことですわ」


 僕の唐突ともいえる問いかけに、ミランダは戸惑いながらも返事を返してくれた。


「呪いの効果はどんなものですか?」

「最初の頃は衰弱……、でした」


 最初の頃?


「でした? 今は違う、という意味ですか?」

「段々呪いの効果が強まっているようなのです。先日は、お見合い相手の方が石化してしまいましたの」

「石化の魔眼? 進化する呪い? そんなことが……」

 

 そんなことがあり得るのだろうか。

 呪いの力に覚醒したとしても、妙じゃないか?

 進化するより先に能力の制御ができるようになるのが普通なのではないか――


 僕には宮廷魔術師ローザのような知識はない。考えたところで答えは出ないだろう。僕にできるのは情報を集めることだけだ。だから、


「少し調べさせていただいてよろしいですか?」

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