ヴューラー男爵家三男、アルス



 私の秘密基地に突然姿を現した殿方は私よりは年上ですけれど、まだお若い方でした。おそらくヴァイス様と同じくらいの年齢。すぐにヴァイス様と比較してしまうのは、よくありませんわね……。


「はじめましてミランダ様。私はアルス・ヴューラーと申します」

「アルス・ヴューラー様?」


 初めて聞くお名前でした。


「はい、しがない男爵家の三男です。どうぞ以後お見知りおきを」


 ヴューラー男爵家。貴族名鑑でも見た記憶がありません。当家もなかなかの田舎貴族と自負していますけれど、それ以上に辺鄙な所領の方なのやもしれません。


「どのようにしてがおわかりになりましたの?」


 アルス様はしばし視線を宙に彷徨わせた後、


「こちらの林でミランダ様がええと、……散策をなさっているとアップルトン卿から伺いましたので、許可を頂いてミランダ様をお探ししていたのです。そうするうちに洞穴を見つけた次第です」


 随分と言葉を選んでくださいました。気遣いのできる紳士ですわ。


「どうしてそこまでなさってくださるのですか?」


 初めて会うような相手に。

 そう思って率直に尋ねてみますと、アルス様はまた少し考えて、


「せっかく尋ねてきたのにお顔も見れないまま帰ってしまうのは残念だな、と思いまして」


 顔を赤くしながらアルス様はそんな風に仰ったのでした。

 照れていらっしゃっても口はお上手なのですのね。

 そういえばさっきお父様が「大事なお客様が」と仰っていたような気もしますわね。無視して屋敷を飛び出してしまいましたけれど。


「大変失礼致しました」


 私が頭を下げると、アルス様は両手を振って、


「あはは、どうかお気になさらず。それにしても」


 それから洞穴の中をぐるりと見回し、歯を見せて、子供のようにお笑いになったのでした。


「すごいですね……。秘密基地みたいです」

「そうなんですの! 小さい頃からちょっとずつ持ち込んできたのですわ。やっとここまで仕上がったのです!」

「いいですね。羨ましいです。――今もよくここには?」

「はい! 嫌なことがあった時なんかによく……あっ」


 やってしまいました。

 つい余計なことを言ってしまいましたわ。

 けれどアルス様は笑顔のままで、


「ひとりになりたいときってありますよね。立場を忘れて息抜きをしたくなるのはよくわかります」


 私の失言を聞き流して、さらりとフォローまでしてくださいました。

 い人なのでしょう、きっと。

 私が呪いをかけてしまう前にここから出て行っていただいた方が良さそうですわね……。


「あの、アルス様。御父様から私のことを聞いていらっしゃいますよね?」

「呪いのことですよね。はい、存じ上げています」

「……ご存知なのでしたらお話がはやくて助かります。ここにこれ以上長居なさらない方がよろしいですわ……。はやく、どうかお帰りになってくださいませ」


 しかしアルス様は「いえ」と首を振ったのでした。


「もう遅いですね。あはは」

「えっ」

「既に呪いをかけられていますね、僕」

「えっ」


 私の呪いは無自覚なものなのです。

 呪いがいつ発動しているか私自身ですら定かではありません。


 けれど、アルス様は「呪いをかけられている」と仰っています。それでしたらどうしてそんな平気な顔で笑っていられるのでしょう……。


「あの、お加減は大丈夫なのでしょうか?」


 大丈夫なわけがないと思いながら尋ねました。

 するとアルス様はケロリとしたお顔で、


「あ、平気です」


 と仰いました。


「丈夫にできているので」

「丈夫とかそんな問題なのです!?」

「どうか落ち着いてください。御心配には及びませんから。それよりも」


 アルス様は帰ろうともせず、こちらに真剣な視線を向けて、


「ミランダ様の、無意識に発動する呪いというのは、昔からのことなのですか?」


 質問をしはじめたのでした。

 か、変わった殿方ですわね……。


「あの、えっと、呪いが発現したのは……つい最近のことですわ」


 そう。本当に最近のことです。

 呪いの力に目覚めるまでは、ヴァイス様とのお付き合いも良好でしたのに。


「呪いの効果はどんなものですか?」

「最初の頃は衰弱……、でした」


 衰弱の呪いは、呪いというカテゴリの中では比較的軽度なものだそうです。発熱、関節痛、倦怠感、眩暈めまい、吐き気などがまとめて押し寄せてくるという“衰弱”が「軽度」かどうかはよくわかりませんけれど。


「でした? 今は違う、という意味ですか?」

「段々呪いの効果が強まっているようなのです。先日は、お見合い相手の方が石化してしまいましたの」


 目の前で殿方が石化した時は心臓が止まるかと思いました。

 今この瞬間も、目の前にいるアルス様が石化してしまうのではないかと気が気ではないのですが、そんな私の内心を知る由もなくアルス様は特に変わった様子もありません。


「石化の魔眼? 進化する呪い? そんなことが……」


 何やらぶつぶつ呟いておられましたけれど、私の目を真っ直ぐに見据えて、


「少し調べさせていただいてよろしいですか?」


 と仰ったのでした。

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