秘密の場所
ポテルマイヤー卿からの婚約辞退以降も、御父様はあれやこれやと八方手を尽くして婚約者候補をお探しになりました。けれど婚約者候補の殿方はひとりの例外もなく、私の無自覚な呪いの餌食になってしまったのでした。
「ねえ、御父様。“呪いのお転婆令嬢”の餌食、って相当にいかついフレーズですわね」
「……」
ソファの向かい側に座る御父様は俯いたまま、何も仰いませんでした。表情は見えないけれど、おそらく厳しいお顔をなさっていらっしゃるのでしょう。
「社交界でも私の噂がすっかり広まっていると聞きましたわ」
「……」
「デビュタントもしていないのに悪評だけが先行してるだなんて……!」
徐々に語気が強まってしまうのを自覚します。淑女にあるまじき態度だとは思いつつ。
「……」
「侯爵夫人の舞踏会もお断りした方が、家名につく傷がまだしも小さいのではありませんこと!?」
「……」
言い募る私に、御父様は沈黙を貫き続けます。
御父様は爵位とお金の力で私のお見合いの話を取り付けてきてくださいます。ありがたくは思いはすれど、お見合いを重ねれば重ねるほど私の悪名は高まっていくばかり。正直、私は嫌になっておりました。
「もうやめましょう、御父様」
「……何をやめるというのだ?」
御父様が営々と積み重ねてきた努力を、他ならぬ私が台無しにしている現状は、とても我慢できるものではありませんでした。
「もう私のことは放っておいてくださいませ!」
私は言葉足らずに叫ぶと、テーブルをバァンと叩いて立ち上がり、
「待ちなさいミランダ! ミランダ!? 今日は大事なお客様が――」
部屋を飛び出したのでした。
焦る御父様の呼び声を背中で聞きながら。
伯爵令嬢にあるまじき駆け足でスカートの裾を翻らせながら。
屋敷を飛び出した私は敷地の裏手に広がる林へと駆け込みました。
リーデルシュタイン王国内にあってかなりの田舎と呼ばれがちな地域に領地を構えるアップルトン家は、田舎なだけあって広い私有地を持っています。
屋敷の裏にある雑木林などは、伝え聞くところによりますと
幼い頃から慣れ親しんだ林。
闇雲に走っても目的地を体が覚えていて、勝手に辿り着くことができます。
林の少々奥まった所にある開けたスペース。その真ん中あたりに盛り上がった、山と言うにはささやかな丘があり、小さな
洞穴の暗がりに足を踏み入れると、ひんやりとした湿り気が私を出迎えてくれました。昔から変わらない感覚に安堵します。僅かな下り坂を進むと、すぐに広い空間に出ました。
「《
ごく初歩的な光魔法を唱えました。明かりを洞穴の天井付近にふわふわと移動させて、固定。いつもの手順です。
明かりの下には椅子。テーブル。本棚。
屋敷からこっそり運び込んだお気に入りたち。
ここは私の秘密基地なのです。
椅子に座って、人前では見せられないくらいだらけた姿勢をします。ぼんやりと物思いに耽るのに
御父様は私のために次々にお見合いをセッティングしてくださいますけれど、その度に家名に傷が増えていくのは看過できません。私の悪評は私にだけ向けられるものではありませんから。
呪いの令嬢のアップルトン家。
その汚名は多大な迷惑をおかけしているに違いありません。御父様は何も仰らないですけれど、それくらいはわかります。
「気にするなというのは無理な相談でしてよ」
御父様が築き上げてきたアップルトン家の名誉を、あろうことか実の娘であるこの私が貶めているのですから。
「もういっそのことお見合いも婚約もしなければ良いのですわ」
そうすればこれ以上、悪評が立つこともありません。もう手遅れかもしれませんれど、私にできることといえば精々これくらい。
それに、お相手が誰でも良いというわけでもないのです――
「ヴァイス様」
私の最初の婚約者。未練がましくもその名を呼んでしまいます。呪いをかけた上に婚約破棄までされているのだから、もう絶対にどうにもならないとわかっているのに。
「呪いは解けていらっしゃるかしら……」
ヴァイス様の近況を知る術は今の私にはありませんでした。呪いをかけておいてその身を案じるのもおかしな話です。ちっとも笑えませんけれど。
そう。
そうなのです。
全ての元凶はこの、私の呪いの力にあるのです。
自慢ではありませんが私に魔法の才能はございません。魔力だって並以下ですし。
にもかかわらず、ある日突然目覚めてしまったのです。
人を呪う力に。
呪いをかける相手は決まって婚約相手の男性ばかり。我が家に仕える者や御父様を呪うことはありません。
あたかも私が婚約を遠ざけているかのような、呪い。
「あー、もう、何もかも嫌になってしまいますわね……」
「お困りですか?」
「困りに困ってますわ――って、どなたですの!?」
「こんちわ。お邪魔します」
突然秘密基地に招かれざる客が現れました。
これから私、どうなってしまうんですの!?
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