深き地下へ
シャルロットに手を引かれて、僕は魔導書庫に通じる地下への螺旋階段にやってきた。いまだに王宮内に知らない場所があるとは……。未踏領域はもっとあるのかも知れない。
階段は長く、深く、どこまで続いているかわからないくらいだった。階段に沿って一定の間隔で灯りがあるにも関わらず、途中から闇に消えて見えなくなっている。
「あのさ、シャルはいつもこの階段を降りてるの?」
「はい!」
シャルロットは元気よく頷いた。そうなんだ……。
「シャルはすごいね」
「我が主よ、時間短縮じゃ。魔法を使ってもらえるかの?」
「あ、うん。わかったよ」
エンズの「時間短縮」方法がどんなものか察してしまい、僕は頬を少しばかりひきつらせて頷いた。すぐに
「シャル、おいで」
膝をついて両手を広げると、シャルは満面の笑顔で飛び込んできた。可愛いなあ。このあと何が起きるかわかってないだろうに、僕に全幅の信頼を寄せてくれている。
「エンズは……まあ、そこでいいならいいよ」
「うむ」
エンズはとっくに肩車の体勢で僕の頭にしがみついて準備万端。
「ではゆくのじゃ、我が主よ」
「うん……」
僕は螺旋階段の手すりに足をかけた。下は見ないつもりがついチラ見してしまって思わず腰が引けてしまう。
「我が主よ、臆するでない!!」
「わ、わかってるってば」
痛い痛い。髪の毛引っ張るのはやめてほしい。
「え、まさかアル兄さま」
ことここに至って僕が何をしようとしているのかシャルルットは気付いたようだった。
「しっかり捕まってて」
僕が言うまでもなく、ぎゅっとしがみついてくる。
僕は手すりを蹴って跳んだ。闇へ、虚空へ、身を躍らせる。同時に《
ふわふわと自由落下よりもずっとゆっくりなスピードで螺旋階段の真ん中の空間を下りてゆく。
「すごい……」
シャルロットが目を開いて感嘆の息を漏らした。僕にしがみつく力も僅かに緩んだ。身を乗り出すようにして下を見る妹を落とさないようにそっと抱きなおす。
「アル兄さま、こんな魔法もお使いになれましたのね!」
「あはは。そうだね」
使えるようになった、というのが正しい。これも〈王の器〉のおかげなのだから。
初体験の空中浮遊に興奮気味のシャルロットが落ちてしまわないように注意して抱えつつ、どれくら落下しただろうか。ようやく最下層に辿り着いた。
《浮遊》を解いて着地し、石畳の感触を足裏で慎重に確かめてから、僕は《重力制御》も解除した。
「ふうっ」
「ありがとうございますアル兄さま! とってもたのしかったです!」
「気に入ってもらえてなによりだよ」
シャルロットを下ろしてやるととてもいい笑顔を見せてくれた。ハートが強いなあ。僕はちょっと怖かったんだけど……。
「我が主よ、ご苦労であった」
一方エンズはというと実に偉そうな態度で僕を労って肩から飛び降りた。
「アル兄さま、こちらです」
シャルロットの指し示した先には馬鹿でかい扉があった。複雑な紋様の刻印が施されていて、魔力を帯びているのが僕にもわかる。
「この手の書庫にはよくある封印じゃな」
エンズが事もなげに言うので、そういうものか、と思うことにして僕は扉に近付いた。いきなり扉を開けるのも失礼なので軽くノック。返事は無い。再度ノック。やっぱり返事無し。
「どうしよっか」
「アル兄さまはこくおうさまなのですからえんりょすることはありませんわ。――しつれいいたします」
言うが早いかシャルロットは躊躇なく扉を開けた。
扉の内側――魔導書庫の中は広かった。光魔法の《
「ああ」
僕はすぐに得心した。歯抜けになっている本はそこらに積み上げられて塔のように
なっていたのだ。僕の執務室の机の書類なんかよりももっとずっと高く積まれた本は絶妙なバランスで――あ、崩れた。
ひとつの塔が崩れ、側にあった別の塔にも被害は広がり連鎖的に次々と倒壊していった。ホコリとかび臭い匂いがぶわ、と室内に広がった。大惨事だ。
「これって……僕らのせいじゃない、よね? 扉を開けて風が入ったとか、そういうんじゃないよね?」
「だいじょうぶですよ。おししょうさまがたおしてしまっただけですから」
シャルロットは全く気にした様子もない。お師匠様、っていうのは宮廷魔術師のことだろう。きっと。
「あ、ほら。あそこです」
指差す先にはボロ布の塊があった。その上にはさっき崩れた本が幾つか乗っかっていて、本が揺れ動いた。というか布の塊がもぞもぞと動いた。
いよいよ宮廷魔術師とご対面だ。
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