第七話 宮廷魔術師に会いにいこう

魔導書庫



 執務室の僕の机の上には書類が大量に、うずたかく積み上げられている。


 宰相のザイードから回されてきた決裁待ち案件のあれこれ。僕がちょいちょい留守にしている間に溜まってしまったものなので、文句も言えないし言い訳のしようもない。


「…………」


 慣れない書類仕事に四苦八苦する僕を尻目に、エンズが暇なのかなんなのか虚空に視線を彷徨わせている。書類の山と山の僅かな隙間に小さい尻を捻じ込んで机の上に腰掛けている。


 行儀が悪い神剣に注意くらいした方がいいかなと思っていると、


「……のう、我が主よ」

「な、なにかな?」


 エンズに機先を制されてしまい僕は慌ててしまった。


「そう構えずともよい。配下に魔法に詳しい者はおらぬか?」

「魔法に、詳しい……?」


 エンズの問いの真意はわからないまま、ちょっと考える。最初に思いついたのは上の兄のオーウェンだった。あの日、僕が〈王の器〉を継承した日に殺されてしまったのだけれど。


「ちょっと心当たり無いんだけど……」

「無いか。さて、どうしたものか」

「ど、どうかしたの?」

「何か、ではないのじゃ我が主よ」


 エンズは鼻息も荒く険しい表情になった。


「デカ女の巻き込まれたゾンビハザードじゃがな……、あれは自然発生したものではないじゃろ」

「あ、うん。そうだね。たしかに」


 あのあとの調査で、死体の数は村人の数の倍以上あったいうことが判明している。つまり、最低でも村人と同数以上の動屍体ゾンビがあの村を襲ったことになる。


「加えて言うなら、以前の“深き森”の狼どもを呼び寄せていた召喚円サークルもじゃな。アレも何者かが設置したものに相違あるまい。悪意のある何者かが、じゃな」

「悪意?」


 僕がきょとんとすると、エンズは口をヘの字にひん曲げた。


「このリーデルシュタイン王国に仇なす者がおるやも知れぬ、と言うておるのじゃ」

「まさかそんな……」

「信じられんといった顔じゃな、お人好しの我が主よ。世界は善なるものだけでできておるわけではない。それくらいわかるじゃろ?」

「……う、うん。まあ、わかるよ」

 

 しゅんとする僕の顔に手を伸ばし、エンズは頬を摘まんでむにむにと引っ張った。慰めてくれているつもりなのだろう。きっと。


「勘違いするでない。我が主を責めておるわけではない」

ふぁかってる、エンズ。ありがとう」

「我としては敵の尻尾のひとつも掴んでやりたいところなのじゃが、魔法に詳しい者がおらぬとなると、さて――」


 エンズは僕の頬を引っ張りながら難しい顔。


「まほうにくわしい人ならいますわ!」


 そこに姿を現したのは、シャルロットだった。

 机に積まれた書類のせいで、小さな天使が執務室に忍び込んだことに気付かなかったのだ。


「うわっ、びっくりさせないでよシャル。それに執務室には入ったら駄目だって言ったよね……」

「エンズがよくてシャルはだめなんですの?」

「うっ」


 そんな悲しそうな顔をされると何も言えなくなってしまう。


「はは、構わんではないか我が主よ。して、シャルロット殿、魔法に詳しい者に心当たりがあると仰ったか?」

「はい、エンズ。きゅーてーまじゅちゅしでしゅ」


 あ、噛んだ。


「……」


 エンズは無言。


「きゅうていまじゅつし、です!」


 シャルロットは何事もなかったかのように言い直した。顔が赤いのは指摘しないでおこう。俺の天使は今日も可愛い。


 宮廷魔術師。

 声に出さずに口の中で僕はその単語を呟いた。


「なるほどなるほど。宮廷魔術師がおったのか。流石はシャルロット殿、慧眼であるな」


 エンズもまた何事もなかったかのようにシャルロットを誉めやそした。


「えへへ」

「それに引き換え我が主よ、宮廷魔術師の存在を失念しておったのか?」

「い、いたんだね。そんな人」


 実際、宮廷魔術師なる人物に僕は会ったこともないのだ。


「知りもしなかったとは……。そなたは国王じゃろ、我が主よ。おのが配下くらい把握しとかんといかんじゃろ。とまあ、ここでぐだぐだ言うても詮無いことじゃな。シャルロット殿、宮廷魔術師を我に紹介していただけぬか?」

「もちろんです。あんないしますね!」

「シャルロット殿から出向くのかの? いや、別に構わんのじゃが」

「あの方は引きこもりですから。こちらから行った方がはやいのです」

「引きこもりの宮廷魔術師か」

「アル兄さまも行きましょう!」

「あっ、うん」

「ほれ、早うせい」


 シャルロットに手を引かれ、エンズにせっつかれて僕は執務室を出た。残った書類の山は、今は見なかったことにしよう。うん。


「シャルは宮廷魔術師と面識があるの?」

「はい。よく知っていますわ」


 そうなのか。

 僕は知らない。即位した時にも、その後も会っていない。父上が健在だった頃も見かけた記憶がない。シャルロット曰く「引きこもり」ということだけど……。


「その宮廷魔術師はどこにいるのかな?」

「地下ですわ」


 僕の問いに、シャルロットは簡潔に一言で答えてくれる。

 エンズが地下、という単語に反応した。


「地下というと――、魔導書庫ライブラリか」

「エンズはよくごぞんじですのね」


 僕は知らなかったんだけど……。ずっと住んでるのに知らない僕がおかしいんだろうか、なんて悩んでいると、


「歴代の王の剣たる我は、王宮の構造には造詣が深いのでな。地下に国の内外から蒐集した魔法の書物、歴史書、技術書、物語などを収めた書庫があることは知っておる。カビ臭くてかなわんのであまり立ち入ったことはないがの」


 エンズが魔導書庫について説明してくれた。


「物知りだね、エンズ」

「フフ、もっと褒めるがよいぞ」

「ではまいりましょう!」


 ドヤ顔のエンズと楽し気なシャルに連れられて僕は魔導書庫に向かうのだった。

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