魔剣の少女



「えっとぉ」


 僕の魔剣召喚によって――だと思う――出現した少女が、地べたに座って「くぁ……」と大きな欠伸をしていた。


 見た感じ年齢は成人前の十四歳くらい(王国では十五で成人となる)。

 背中どころか床まで届き覆いつくす長く艶やかな黒髪が全裸の彼女の見えてはいけない部分を絶妙に隠していた。すぱっと切り揃えられた前髪の下、病的なまでに白い肌とのコントラストはあまりにも幻想的だった。目鼻立ちは素っ気なく配置されたようでこれ以上はないバランスを保っている。


 その完成された美術品めいた外見とは裏腹に、彼女は少女らしからぬ、ある種異様な気配を纏っていた。触れれば斬れそうな“圧”とででも言うべき危険な気配を。


「キミは……、誰……です、か?」


 僕が恐る恐る発した端的すぎる質問に、黒髪の少女はけだるげな視線を向けた。


「我は至高の魔剣エンズである。我が名を問う貴様こそ何者か、小僧」

「ぼ、僕はアルベルト・リーデルシュタイン。キミを召喚した者だよ。た、たぶん」


 至高の魔剣エンズと名乗った偉そうな――なんなら国王である僕よりもずっと偉そうな態度の彼女は「ほう」と片眉を跳ね上げさせた。


「たぶん、とはどういうことじゃな?」

「魔剣召喚をしたつもりなのに、どうしてか全裸の幼女が出てきて困惑してる」

「召喚されたことに相違無い。我はかつてのリーデルシュタイン王と盟を交わした魔剣なのじゃ。我が新たなる主よ」


 こちらを見上げながらエンズは言った。

 僕のことを「主」と称する割には尊大な態度は崩さない。別に気にしないけど。


「あの、見た目が完全に女の子なのは……?」

「我はそこいらに突き立つしか能の無い凡百の剣とは異なり、人型を取れるのだ」


 傲慢にふんぞり返った。

 魔剣召喚で呼び出されたされた他の魔剣とは違う、と言いたいらしい。


「へえー」


 偉そうにしてても全裸なわけだけども。


「女子の裸をじろじろ見るんじゃないの!」

「あいてっ」


 エミリアに小突かれた。じろじろは見てないよとか僕が言い返すよりもエンズの動きは早かった。

 黒髪の少女は怒りを露わにした。


「おい、そこのデカ女。巫女風情が我が主を殴るとはどういう了見じゃ。馬鹿そうな我が主がもっと馬鹿になったらどうしてくれる」

「あぁーらごめんなさい。露出癖のある魔剣を見るのははじめてなんだけれど、変態国王にもっと視姦されたかったのかしら?」


 キミタチ、僕のことをなんだと思ってるんだ。あと巫女が視姦言うのやめようね。


「女性ふたりが陛下を取り合っておりますぞ……!」

「じいやはちょっと黙ってて」


 どうしたらそんな風に見えるんだろう。

 僕は一触即発のふたりの間に割って入った。怖い怖い。

 

「ふ、ふたりとも落ち着いて。当初の目的を見失いかけてるから! け、剣の儀式をするんだよね? ね?」

「「……」」


 どうして僕がふたりからジト目で睨まれなければならないのだろうか。


「……ふん。ここはひとつ我が主の顔を立ててやるとしよう」

「ありがとう。助かるよ」


 僕が素直に礼を言うとエンズはぷい、とそっぽを向いてしまった。まあいいか。

 エミリアも巫女の本分を思い出してくれたようで、


「アル……ベルト陛下の時間を無駄にするのもよくありませんね。剣も一応・・あることですし、儀式をはじめましょう」

「ソウダネ……」

「陛下には我が神殿の祭壇に剣を一振り掲げていただきます」


 エミリアは神殿の奥にある祭壇に向かいながら、傍にあったテーブルクロスを剥がしてエンズに無造作に投げつけた。


「……何の真似だ、デカ女」

「貴女はこれでも被ってなさいな。神殿で貧相な裸を晒さないでちょうだいね」


 双方またも喧嘩腰。

 やめなさい。

 いえ、やめてください。

 そうそう儀式しよう儀式。


「貧相かどうかは、我の真の姿を見てからほざくのだな」


 エンズはそう告げるやいなや、姿を剣に変えた。

 いや僕も何を言ってるか意味わからんが実際に変化しかわったのだ。


 エンズの立っていた場所にはテーブルクロスと、剣。


 それは漆黒の刀身の直剣だった。華美な装飾など一切ない簡素な意匠でありながら、僕が召喚した他のどの剣よりも圧倒的な存在感を放っていた。


 本当に魔剣だったんだな、と妙な感動をしてしまう。


 僕は剣に吸い寄せられるように柄を握った。

 不思議と手に馴染む感触。かなり軽い。

 何の気なしに素振りしてみると――


 ザンッ!


 ――剣圧が壁を斬り裂いた。


「はいぃ!?」


 なんですか!?


「ちょっとアル……ベルト陛下! 試し斬りなら他所よそでやってくださいよ!」

「いやちょっと軽ぅく振ってみただけなんだけども?」

『ふははは! 我が力思い知ったか!』


 魔剣からエンズの勝ち誇った高笑いが響く。

 エミリアは驚き半分怒り半分で、


「あの、壁の修繕費は王家にご請求させていただきますからね」

「やむをえませんな」


 じいやが不承不承頷いた。なんかごめん。


『我が主よ。我を祭壇に翳すがよいぞ』

「……え、見るからに闇属性っぽいけど大丈夫なの?」


 エンズもだが、神様の方も大丈夫なんだろうか。


『気にするでない』

「問題ないかと存じます」


 どっちも平気らしい。僕が気にし過ぎなのだろうか?

 見た感じ召喚した魔剣の中ではエンズが一番強力なのは間違いないようだ。なにせ喋る魔剣だ。神のご加護がどんなものかは見当もつかないが、エンズを強化するのが妥当だと思う。


 祭壇の炎は勢いよく燃え上がっており、大変熱そうだった。

 そこへエンズを突っ込む。


あっつぅ』


 と魔剣が抗議の声をあげた。

 いや、熱いんかい。


 エミリアが朗々と儀式の言葉を紡ぐ。


「天にまします我らが剣神よ

 願わくばの剣に大いなる祝福を

 願わくば彼の刃に輝かしき栄光を

 願わくば彼の王に洋々たる前途を」


 祭壇の炎が一気に大きく燃え上がり、白く輝いた。

 手応えあり、だな。

 剣を祭壇から引き抜いた。


「おお……」


 真っ黒な刀身に、淡く白いオーラのようなものがまとわりついている。

 成功した、のかな?


「アル……ベルト陛下の剣は聖なるご加護を賜りました」

 

 エミリアが俺の呼び方をいまだにつまりながらも、巫女のすまし顔でそう告げた。


「それって闇属性の魔剣が聖属性を得たってコト?」

「はい。不本意ながらソレは聖魔の神剣とでも呼ぶべき武具に昇華しました」


 今、不本意ながらって言ったな、エミリア。


『ふん。みみっちい女だ。デカいのは身体だけか』


 こっちはこっちで昇華した割に口が悪いのは変わってないんだよなぁ……。


 何はともあれ剣の儀式は終了。

 ってことでいいんだよね?

 確認したかったのだが、エミリアはエンズと口喧嘩をしていた。


「誰がみみっちい女よチビスケ!」

『言うに事欠いてチビじゃと!? このデカ無礼者が!』

「どっちが無礼よ!!」


 だからやめなさいってキミタチ。

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