第二話 剣にまつわる彼女たち
剣の神の巫女
リーデルシュタイン王国の新たな王となった僕に最初に課せられた試練は、膨大な数の儀礼的なアレコレだった。即位の儀はまだしも長い名前の式典が山ほどあった。よくもまあこれだけ種類があるものだと感心してしまったほどだ。国王になったというだけでこの大変さ。あまりの目まぐるしさに早くもげんなりしてしまう。この先大丈夫だろうか、僕は。
「で、最後のひとつが、何? 剣の儀式? 神様から剣が貰えるの……?」
なんだソレ。
よくわからないのが残ってるなぁ。
よくわからんからやらなくていいよ、とはならないのがこの手の儀式全般のお約束。ということで僕は
「アル王子……ゴホン、陛下。剣の巫女が待っておりますゆえ、お急ぎを」
「もうアル王子呼びのままでいいんじゃない?」
じいや――名をジェラルドという――とは物心ついた頃からの付き合いで、愛称で呼ばれるくらいの距離感なのだけど、僕が国王の地位に就いたばかりに呼び方に苦慮している。もう結構な年寄りだから長年の癖が抜けないのだ。
「そうはまいりませんぞ!」
「なら気を付けてね。って、じいや。今もしかして、剣の巫女って言った?」
「はい、申し上げましたぞ」
誠に遺憾なことに聞き間違いではなかった。
「あー……、そう。剣の巫女に会わないといけないのか……」
やや気分が落ち込んでしまう僕であった。
戦の神の神殿を司る立場にある剣の巫女は、何を隠そう僕の顔見知りなのだった。幼馴染といってもいい。ただし、しこたまに嫌われているけれど。
自分を嫌っている人間と会うのにウキウキするヤツはいない。僕だってそうだ。
付いて来たそうにしていたシャルロットを置いてきたのはナイス判断だったとつくづく思った。最愛の妹と幼馴染とは相性があまりよくない。包み隠さず言うなら悪い。僕を好き過ぎる妹vs僕を嫌っている幼馴染。水と油だ。
質実剛健を地で行くような佇まいの神殿に到着し重い足取りで中に入ると、シルバーブロンドを短髪にした長身の超絶美人が今や遅しと待ち構えてくれていた。腕を組んで人差し指をトントンさせながら。
「ようこそおいでくださいました」
言葉の端々の棘を隠そうともせずに出迎えるのは、剣の巫女、エミリア・ヴィンセント。
相変わらずの常人離れした美貌だな、と思った。顔立ちはキッツいけど。
などと内心思いつつ僕は軽く右手を挙げて「やあ、ひ、久しぶり」と挨拶。するとエミリアはキツめの顔立ちを一層険しくさせて俺を睨みつけてきた。とても怖い。
「アル……じゃなかった国王陛下、ご無沙汰しております」
誰も彼もが僕のことを陛下呼びしづらそうで、ちょっと面白くて笑いそうになる。それはそうだ。だって僕だもの。僕が王様だなんて僕だって違和感がある。なんなら僕本人こそが一番「おかしいよな」と思っている。
「昔みたいにアルって呼んでくれたらいいんだけど……」
「そのようなこと、できようはずがございません」
エミリアは口元を盛大にひん曲げて眉根を寄せた。丁寧口調で言ってはいるが「できるわけないでしょ馬鹿なの?」と目が口ほどに物を言っていた。
折角の美人が台無しなままの表情でエミリアは、
「早速ですが、剣の儀式を執り行います」
と言った。
「剣をこちらに」
とも言った。
「……はい?」
「『はい?』ではありません陛下。おふざけにならず、け・ん・を・こ・ち・ら・に・お願いします」
「え、だって剣を神様から賜る儀式なんだよね? なに言ってるの?」
あはは、剣の巫女ともあろう者がうっかりさんだな。だが、こいつぅー、とかやれる雰囲気ではなかった。氷の
「……は? 剣をお持ちになっておられないので?」
「そ、そうだね。見ての通りほら、手ブラ」
両のフリーハンドをヒラヒラさせて見せると、エミリアがキレた。
「持ってきてくださいって事前に通知してたでしょ! 馬鹿じゃないの!?」
「あ、良い感じにいつもの調子が出てきたね、エミリア」
「~~~っ!!」
言葉を無くすくらい怒っているエミリア。
僕は身の危険を感じて、慌てて記憶を掘り起こす。
「そもそも通知なんて来てたっけ?」
ちらりとじいやに目配せすると、大きくひとつ頷かれてしまった。来てたのか。見覚えないんだけど。
「剣の巫女様から丁寧な持ち物リストと進行予定表が届いておりましたぞ」
「ご、ごめんエミリア。読んでなかった」
色々忙しかったんだよ、と言い訳するより早くエミリアの両手が僕の襟を掴んだ。
巫女なのに
「アル……ベルト陛下ァ? 巫女ごときの書面に目を通すのがそんなにお嫌ですかぁ?」
長身のエミリアに首を絞められて釣り上げられる。とても、苦しい。
「こ、怖いよエミリア。ギブギブ。喉、締まってるから……。死ぬ。死んじゃうから。このままじゃ王殺しの巫女になっちゃうってば」
場を和まそうとした国王ギャグが超裏目ったらしく、エミリアはブチのキレェでイライラと投げ捨てるようにして僕の首を解放した。尻餅をついて着地。痛い。
「剣の儀式は王の帯剣に神のご加護を賜る儀式なのです! 手ブラでどうやってご加護を賜る気なのですか? 手刀に加護を賜って光る手にしますか?!」
手刀て。光る手って。エミリアはこんらんしている。
「ごめん。ごめんって! このとおりだから!!」
僕は両手を合わせて平謝りに徹する。それにしてもすっかり素のエミリアに戻ったなぁ。昔から生真面目で優秀なもんだから、無能ポンコツな僕の態度が目に余るんだろうねきっと。ほっとけばいいのに自分から面倒を背負いこむタイプなのだこのひとは。
「まあまあエミリア、一旦落ち着こうよ。ね?
「は? 剣を出すってアンタ何言ってん……陛下、何を仰ってやがるのですか?」
全然取り繕えてなくて面白い。取り繕うつもりもあまりないのかもしれない。他にじいやしかいないし、エミリアがいいなら僕は一向に構わないけれど。
「剣なら出すって言ったんだよ。ちょっと離れててね」
僕は
きゅいん、という耳障りな音が短く響き、僕の周囲を取り囲むように黒い穴が幾つも開いた。それぞれの穴から大小(?)様々な剣が姿を現し、
「ありゃ。
神殿の床にカカカカカッと突き立った。
「な、ななな」
珍しくエミリアがうろたえている。ついこの間までの僕には
と、思ったがエミリアの動揺はそのせいだけではなかった。
「なんなのですかソレはぁ!?」
剣の巫女が指差す先、
突き立つ剣と剣の間には、
長い黒髪をした全裸の少女が――、居た。
「えっ?」
誰だこの子。
知らない子です、よ?
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