ほろよい大学生がうわばみの社会人と
~ほろよい大学生がうわばみの社会人と~
「かんぱーい」
「かんぱーい」
かぃん、とアルミ缶を重ねて、ふたりはぐいっとお酒をあおる。
同時に口を離して笑みをかわすと、ユミカは缶をくゅんくゅんと揺らし、ツトメは新たなお酒を開ける。
大学生のユミカと社会人の先輩であるツトメは、週に一度は開催される飲み会の真っ最中だった。ツトメが一人暮らしする2LDKのマンションで、缶を積み上げおつまみにお菓子を並べ立てれば始まるふたりの夜は、だいたい翌日までは続く。
「ゆみちゃんと飲む酒はうまいわぁ」
「ふふっ。私もツトメさんと飲むお酒はおいしいですよ」
「そお?」
「だってとってもおいしそうに飲むんですもん」
言っている間にも二缶目を半分以上飲み干したうわばみにユミカはくすくすと笑う。
ツトメははにかみをごまかすようにピーナッツを口に放り込んでまた一口。
「そらあれよ。ゆみちゃんと飲む酒はおいしんやもん……んん?もしかして永久機関なんとちゃう?」
「あはは。もう酔ってるんですか?」
「アホ言ったらあかんよ。ウチいままで酔ったことないんやから」
「えー。そう言われると見てみたいですね」
にやりと笑ったユミカはキッチンからグラスを持ってくる。
ツトメに密着するようにして隣に座り、飲みさしの缶からグラスに酒を移した。
「おねぇさん♪いい飲みっぷりですねぇ♪」
「おおっ。なんよなんよ」
「えへへ。キモチよくお酒を飲んでもらおうと。ささ、どぉぞ?」
すすっとグラスを差し出せば、ツトメはでれでれと笑いながらぐいっと一息に一杯飲み干す。
「わぁお。すっごい飲みっぷりですね♡」
「まだまだこんなんじゃ酔わへんよ」
「うふふ♡じゃあもういっぱい……♡」
よいよいと次々にお酒を飲ませていくユミカ。
ツトメはノリノリで飲み干していくが、さすがに液体だけを摂取するのはしんどいものがある。
「おつまみも欲しいわぁ」
「はぁい♪」
適当に袋を開けたしみチョコをあーんと食べさせる。
女子大生のあーんをもらった社会人女性はますますいい気になって、腰に手を回したりとボディタッチしながらごくごくとお酒を飲む。
にもかかわらずちょっと頬が赤いくらいで、ノッってはいるものの酔いらしき様子は見えない。
ここまで変化がないとなにかつまらなくて、ユミカは腹いせに胸を押し付けながら覗き込む。
「ほんとに酔ってないんですかぁ?」
「疑っとんの?」
「……ネイピア数は」
「2.71828182845―――」
「いや酔い関係なくすごいですね?」
「理系やったからね」
「そういう問題でもないと思いますけども」
どうやら本当に酔っていないらしい。
口をとがらせるユミカに、ツトメはにやりと笑って酒臭い吐息をかける。
「ゆみちゃんには酔ぉとるけどな」
「……」
「やめて。ほんにその目は、あっ、アルコール飛んでまう。ゆみちゃんに冷とうされると酔えるもんも酔えん」
やっぱりこの人は酔っているんじゃないだろうかとユミカは思ったが、よくよく考えていれば素面でもこんな感じだった。
やれやれと溜息を吐いた彼女は、それからふと気がつく。
「っていうことは、逆に私といちゃいちゃしてたら酔いも回るんでしょうか」
「え?……いやぁそないなこと言われても」
てれてれと頬をかくツトメをしり目に、ユミカはポッキーを開封する。
「そういえば今日っておあつらえ向きにポッキーの日なんですよ」
「そ、そやね?」
ユミカが差し出すポッキーを咥えるツトメ。
その顔をじぃっと見つめながら反対側を咥えて、ゆっくりと食べ進んでいく。
ツトメの頬が真っ赤に染まり、瞳がきょどきょどと動き回る。
近づくにつれて聞こえる鼻息。間近に迫ると妙に目に留まる、ふく、と膨らんだ唇。甘いチョコレートと酒精に混ざるファンデーションと香水。瞬き以外で微動だにしないまっすぐな瞳に映る動揺した女の顔。
……。
「ぁ」
けっきょく一口も食べ進むことなく触れたくちづけに、ツトメはぼうぜんとポッキーの欠片を口から落とす。
それをぱくっと拾い上げ、ユミカはずぃとグラスを差し出した。
「はい、おねぇさん♡」
「う、うん」
もはや意識があるのかないのかぼぅとした様子のツトメは、それでもいい飲みっぷりでグラスを飲み干す。
そうしたらユミカは咥えたポッキーを差し出し、ツトメは無意識にそれを咥える。
―――その後ほんの三杯でツトメは泥酔した。
そうして知ったことだったが、ツトメは酔うとずいぶんと性格が変わるらしい。
ユミカはその夜のことを、体中に散った花びらのしびれるような痛みとともに心に刻んだのだった。
ポッキーの日にかこつけた百合短編集 くしやき @skewers
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