第26話 エンドロール
数日後。
午前中は授業が休校になったため、道具屋に一人で顔を出す。
いつもの趣味の悪い店に先生は鎮座していた。私の顔を見るなり声をかけてくる。
「お疲れ様。大活躍だったじゃないか」
「私は何もしていません……でも、アサトはちゃんとやってくれました」
「いやいや、君もものすごい働きをしたじゃないか。勇者君はドラゴンのブレスを食らって確かに一度、死んだんだから」
やはりあの時アサトは一度……。私の反応を尻目に先生は続ける。
「だが、それを君が呼び戻した。穢れなき少女による奇跡。蘇生。思いもかけず、ヒカリには、男性経験がないことを知れて嬉しかったよ。こんな形で確信を得ることができるとはね。ぷぷぷ」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、脳に届いた言葉を咀嚼し、意味が分かると、体がカーっと熱くなるのを感じる。
「先生!!」
ひとしきりニヤニヤと笑った後、ハアハアと息を荒らげ、その後急にスンとした態度に戻って彼女は言う。
「二度目はない。一度切りだ、この奇跡は。文字通り君は身も心も捧げたんだ、しかし同じ状況になっても次は救えない。だから今後は、ああならないよう、もっと彼のサポートを頑張るように」
「はい!……にしても何で二度目はないって知ってるんですか?」
「いや、だから〇女の奇跡だから」
「そういう風に直接単語を出すのをやめてください」
「あの奇跡を使うってことはあの勇者君と〇ったっていうのと同じ扱いで……」
「やめてええええええええ」
声を遮って叫んだため、一旦息を整えて言い直す。
「だから!!何であの奇跡の詳細を知っているんですか?ってことですよ」
「うん、歴史上何人か、この奇跡が発動したことがある。皆、歴史に名を遺すほどの通訳者と旅行者だ。通訳者の学校の優等生と、勇者級の素質の旅行者。既に、君たち二人は大きな可能性に満ちている。そして奇跡を起こすこと、または享受することによって旅行者の格は上がっていく。好循環というのか悪循環というのか」
「悪循環?ですか?格が上がるのに?」
「奇跡は次の災厄と次の奇跡を呼び込むからね。普通でいたほうが幸せなことってあるんじゃないのかな」
「珍しいこと言うんですね、先生。何でもない日常が幸せ、みたいなやつですか」
「いや、次に来る敵はもっと強大かもって話さ」
もっと強い敵……。あのドラゴンよりも……。シンとした店内に私が唾をのむ音が響く。
「まあ、今は気にすることじゃない。さて、午後から学校だろう?今日は学校が終わったら戻ってくるといい。一緒に夕飯を食べよう。君は立派にバージンを散らしたんだ。赤飯でも炊こうか。どうやらこの国にはそういう文化があるようでな」
「や、やめてええええええええ、というかそんな文化ないいいいいい」
そしてお昼。私は大学の食堂にいた。
テーブルを挟んで向かい側には、カレーを食べるアサトがいる。
彼は今日久しぶりの登校だ。ドラゴンとの戦いの後の傷を癒していたのだが、それがなくてもきっとしばらく学校に来なかっただろうなという確信がある。
というか今日も先生の所からの帰りに私が迎えに来て、無理やり連れてこなかったら登校していなかっただろう。
さっきの先生との嫌な会話のせいで何となく話が弾まない。結局憎まれ口をたたいてしまうのだ。
「まったく、ドラゴンの恐怖で引きこもりにでもなったんですか?」
「2日前に越境者来たときは出動してやってただろ、忘れたのか?」
もちろん覚えている。そんなことを言いたいわけではなかったのだが。
「ええ、登校するそぶりを全く見せないあなたへの嫌味です」
アサトは無言でカレーを口に運ぶ。
お礼を改めて言わなきゃと思っていたのだが、やはり無理だった。
代わりに。仕方ない。切り札だ。
「はい。これ」
そう言って私はアサトに自分の毎日の成果を渡す。
「え」
「ノートです。もうすぐテスト期間でしょう?街を守った勇者が留年した、なんて聞きたくないですから」
目に見えるくらい喜ぶアサト。その顔はまだ純粋な少年の面影を残しているが、言っていることは最低である。
「おおっ、サンキュー!同級生からおこぼれの過去問もらう手間が省けたぜ」
「もうちょっとあなたにはプライドを持って生きてもらいたい……勇者としてのプライドを」
私の苦情を受け付ける様子が全くないアサト。仕方ないので本題に入る。
「ところで。ドラゴンと戦ったときに出した、あの時のあなたの真の力ってまた出せるんですか?」
「何で?」
カレーを口に運びながら聞き返してくる。
「さっき先生に会ったのですが、もっと強い敵が今後来るかもって脅されまして」
「ドラゴンのブレスを食らった後、気づいたらマックにいたんだ。席にいてさ。目の前に本が置いてあった」
「マック?えーと、どういうことでしょうか」
話が全く見えない。
「ああ。大事なテストの前はいつもそこで一夜漬けしてたんだ。で、目の前に置かれた本に答えが、つまり、あの時使った技が書いてあったんだ。その時、ドラゴンを倒すまでの大枠の画が見えた。まあどれも一度覚えた技だったけど、完璧じゃなかったし、キッチリ覚えて練習してから、戻ってきたって感じ。多分、自分の知らない魔法や技が攻略法になっていた場合でも対応できそうな感じだった」
答えを見つけて、必要な技をマスターするスキル。そんな神の所業のようなスキルが存在するのだろうか。
「要は精神世界のような場所に行って、技を学び直して帰ってきたと」
場所は、アサトが一番集中できる場所が無意識に選択されたのだろう。学びの象徴になるような場所がハンバーガー屋の店内というのはどうかと思うが。
「一体何なんでしょう。でも。途中でアサトが使ったスキルのインスタントラーニングよりはるか上位のものであることは間違いないですね。アレもかなり異質な能力でしたが」
先生との会話を思い出す。
先程会ったときに、最後のアサトの覚醒について聞いたのだが、
「蘇生にそういう効果はないよ。だから、知らなーい」
とまったく興味のなさそうなコメントで済まされてしまった。
「先生の反応からすると絶対何か知ってるだろうとは思ったんですが」
「こういう時の先生は、いくら聞いても教えてくれないだろう、これから徐々に解き明かしていくしかない」
アサトも先生の被害者だ。彼女の性格はよく分かっている。
「一度だけの奇跡かもしれないですね」
わざわざ彼に言いはしないが蘇生のように。
「この前の戦いの時も能力発動しなかったからな。インスタントラーニングですら発動しないとは予想外だった」
「余裕ぶってたのに、相当追い詰められてましたもんね。まあ二度目があるとしたら、なんか条件があるんでしょう。素直にキッチリ一回一回対策をしてレベル上げしましょうか」
予習なしで戦いに挑んで負けそうになった数日前のアサトを思い出す。
「はああ。勇者級ってもっと強いと思ってたけどな。スキル、ドラゴンに通じなかったし、この前も負けそうになったし勇者も意外と……」
あれほどのスキルを内に秘めていながら残念そうに言う男だ。
「ポテンシャルって話ですから。いくら素材がよくてもそれだけでドラゴンは倒せませんよ」
スマホの通知が鳴る。ロックを解除してアプリケーションを開くと、越境者の襲来予想の画面が開く。
「あ、来週また越境者来ます」
「次の敵は?」
「スライムです」
何だ、と言ってアサトは続ける。
「言わずと知れた最弱生物じゃん」
「ちゃんと準備してください。溶かされますよ?」
「はいはい。わかったわかった。じゃあ今日授業終わったらまたファミレスで」
こうして不真面目な勇者と私の、私たちの街を守る戦いは続くのであった。
《終》
〈次回夏休み旅行編 気が向いたら制作〉
あん・なろ @ienikaeru
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