第24話 一夜漬け勇者は
アサトの存在が消えてしまった。
この世には、もう。欠片すら残っていない。
「え?あれ……だってさっきまでうまくいって」
「勝てそうで」
「あと一撃で……そこまで追い詰めて。アサトは勇者級の才能の持ち主で……、私の魔法まですぐに覚えて使って。あれ?」
混乱しているうちに現実が押し寄せてきた。心がそれに耐えきれずに音となって口から発される。
「ああああああああああ」
感情が目からも零れ落ちる。気づくと私は膝から崩れ落ちて、懺悔の言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい」
私が彼を巻き込んだから。
「ごめんなさい」
勝てないとわかっていたのに心のどこかで期待して。
「ごめんなさい」
私の話を唯一聞いてくれて、一緒に背負ってくれた人なのに。
「ごめんなさい」
彼を守れず。街も私は守れない。そして私はここで。
固く結んだ両手をいつの間にか天にかざしていた。懺悔するように。食い込んだ爪の痛みで目線を上にあげる。手から血が流れている。その先で、ドラゴンが大きく口を開けているのが見えた。
そして溜めが長い分だけ火球は。
今までのそれよりとてつもなく巨大だった。
私は彼を殺してしまった。なのに私は。
私は嫌な奴だ。だって。アサトはもういないのに。決定的な場面が来ると。
それでも言ってしまうのだ。
「アサト……助けて」
拝むような態勢で呟く。
放たれた火球が目の前に迫ってきた。
「起動」
どこかから聞こえたその単語。
そして急激に魔力が体から抜けていき、私は地面に倒れ伏した。
放たれた火球は突如として地面から生えた氷柱に飲み込まれる。
それと同時に世界が凍り付いた。
「ひっ。冷たっ」
薄く氷が張った地面が急激に私の体温を奪うので、悲鳴を上げて飛び起きる。力が抜けたはずの体も刺激には敏感なようだ。
周りを見渡すと雪が降っている。しんしんと降る雪はこの世界の音を少しずつ奪いながら勢いを増していく。徐々に地表を覆う氷が厚くなっていくのがわかる。
「なに、これ……」
「いやー忘れてたわ、この魔法。ショータローの存在ごと忘れてた」
「あ、アサト!?」
いつもの軽い調子の声。生きているはずのないアサトがここにいる。彼は何でもないことのように言うのだった。
「復活した」
と。
確かに死んだと思ったんだけどな。と言いながら手を握ったり開いたりを繰り返している。
「ど、どういうこと?」
キョトンとするアサト。
「ヒカリが死者蘇生的な魔法使ってくれたんじゃないのか?」
「い、いえ。そんな魔法は不可能というか存在しないかと」
「ま。じゃあ原因は俺にもわからん。しかも喜べよ。多分勝てるぜ」
確信しているような挑戦的な言葉とは裏腹に、普段のアサトとはまた違う冷静さ。
深い集中。そして澄んだ瞳。まるで明鏡止水の境地のような。
「マジで凍ったな、公園」
他人事のように言う。
「……え、ええ」
「しかも想定より威力が高い。死の淵から戻ってきて魔法の解像度が上がったのを感じる」
「ここまでちゃんと凍るとは……思いませんでした」
解像度が上がった。その言葉が示すように、魔法はこの世に自分の意志を伝えるものだ。その想定のディティールが高ければ高いほど、威力や精度が上がるのだ。単純な魔力や詠唱の正確さに加え、そういった要素も絡んでくる。だから、果て無い修行や練習が必要なのだ。
なのにこの勇者は……。
「動くと厄介だし。もうちょい冷やすか。我………求……氷…刃………………。略式氷雪嵐(ブリザード)発動」
アサトお得意の魔法は、本当に冬と化した公園のフィールドパワーを借りてかつてない吹雪を作り出した。ドラゴンの足が氷漬けになり、既に凍っていた地面と繋がって張り付く。
ふふん、と自信満々で言う。
「どーだ。ショータロー」
「この場にいない人と張り合わないでください。というか、あの人もそうですけど、私の膨大な魔力もめちゃくちゃ使ってこの冬をつくってますから……」
「じゃ、ヒカリのために早めに決めるか。ドラゴンキラー」
竜殺しの剣を振りかざしてそう言い放つと、ドラゴンの体全体の鱗を螺旋上に削ぎ落とした。そして剣を鱗が落ちた部分に突き刺す。激高しながら身を悶えさせ、薙ぎ払うドラゴンの背から跳び、アサトは距離を取った。
息を吸い、ブレスを吐こうとするドラゴン。
「凍れ!!!!」
ドラゴンが限界まで息を吸って止めたところで、ドラゴンの首から上が氷漬けになった。行き場をなくしたブレスは膨張してドラゴン頭部の氷は砕けるが、一部は逆流してドラゴンを内部から傷つける。ドラゴンの苦痛の雄たけびが公園に響く。
再度アサトはドラゴンに飛び乗った。
そして竜殺しの剣を掲げ。
「ドラゴンキラー」
鱗を剥がし、自分の体重を乗せて剣を振り下ろし、ドラゴンの首を落としたのだった。
ザンッ。
あっさりとした音がしてこの街に訪れた災厄は幕を下ろした。
ドラゴンの首、そして胴体は黒い灰のようなものになって徐々に風に溶けていく。
全てが消えたのを見届けてから。
「終わった、な」
アサトはそう言うと、糸が切れたようにその場に倒れたのだった。
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