第23話 一夜漬け勇者の覚醒
「思い出せ」
ぶつぶつとアサトが呟く。
「思い出せ。何通りも考えただろ。ドラゴンの攻略法。思い出せ」
アサトの何かが変わった。そう感じた。
気づくと彼から湯気のようなオーラが出ている。
「ヒカリ。教本を貸せ」
「は、はい!!」
言われるがままに、アサトに彼の教本を投げる。分厚い辞書は特に風の抵抗を受けるでもなくアサトにまっすぐ飛んで行く。
「サンキュ!!」
キャッチしたアサトはすごい勢いで教本を捲ると、あるページで手を止め、数秒間静止する。
赤く輝きだした眼球がすごい勢いでページを読んでいるのがわかる。
何かの呪文を唱えてから剣を手のひらで撫でる。
そしてまた教本を読み出す。次は焦げた靴の底に何かを書き始める。
「な、なにを」
「剣にガード貫通の能力を付与した」
「え?付与魔法!?そんな魔法、いつの間に」
「今覚えた。不完全だがな」
今!?さっきさらっと数秒読んだだけの魔法がもう使えるっていうの?もしそれが本当だとしたら凄すぎる。
私はへなへなと力が抜けて地面にへたり込んでしまう。
「……こ、これが、一夜漬けを超えたスキル。勇者級の真骨頂」
「そう。これが。試験1分前・付け焼刃の学習(インスタント・ラーニング)だ」
「インスタント……え?いや、ただの休み時間の詰め込みじゃないですかあああああああ」
「いくぜえええええええええええ」
私の叫びを無視してアサトが焼けたはずの靴で地面を蹴る。
大ジャンプ。
「跳躍の魔法陣!?」
さっき靴に描いたのか。でも。これって。
アサトの大ジャンプはまっすぐ飛ばず、狙った場所と少し外れた場所に逸れていく。このままじゃ木にぶつかる!
「すべては不完全。でも、勝ちさえすれば問題ねえええええ」
激突寸前で木の幹を蹴り、その反動でドラゴンの元に辿り着き、思い切り剣を振るう。
ドラゴンの鱗が叩き割れて赤い血が迸った。貫通効果も100%ではないが、今までとは比べ物にならないダメージを与えている。
「す、すごい。あのドラゴンに一撃を」
アサトがそれに答えて叫ぶ。
「まだ全然致命傷にはならねえ。何か柔らかくなる系の魔法ないか!?」
「や、柔らかくなる系?え?何ですかその質問。ええ。えーと。あ、果物を熟れさせる魔法とか!?その本に載っているかと!!」
「おう、それでいい!!」
アサトは剣を鞘に収めると、教本を起用にパラパラとめくり始める。程なくして目的のページが見つかったのだろう。赤く光る眼がそのページを舐める。
「まずい、アサトは勉強中は無防備……」
アサトの動きが止まったのを見てドラゴンが大きく口を開ける。攻撃までのスピードを優先したのか、先ほどよりは少し小ぶりの火球。
「次元世界の神よ。彼を守る分断の壁を。マジックシールド!!」
顕現した魔法の壁は、またも火球と数秒拮抗してはじけ飛ぶ。やはり止められない。
でも。アサトがにやりと笑ったのが見えた。気がした。
「次元世界の神よ。我を守る分断の壁を。マジックシールド!!」
2枚目の魔法の壁が即座に現れて火球を押しとどめる。もしかしてこれは。アサトが?次元世界の神への祈り?
気づいた瞬間私は叫んでいた。悔しさで。
「これ通訳者専用の魔法なのにいいいいいい!!!」
次元世界全てを見守る神への祈りは、通訳者にしか許されていない。基本的には、旅人にできるのはその世界の精霊を操ることのみだ。なのに彼は。私の祈りを見て、それを試験1分前・付け焼刃の学習(インスタント・ラーニング)した。そして祈りを届かせ顕現させたのだ。魔法の壁を。
だが、アサトの壁はやはり不完全で脆く、溶けだしたように変形してバツンと穴が開く。
火球が地面に激突し爆裂した。炎が撒き散らされ、煙で辺りが見えなくなる。
煙がおさまったとき、アサトはもう私の視界から消えていた。
ドラゴンの側面から現れたアサトは剣を抜いて呪文を唱えている。
しかも、いつも通り詠唱を省略して。
「……土…豊……恵……成」
一瞬ドラゴンの体が歪んだ。そこにアサトは竜殺しの剣を叩きつける。
ドラゴンが悲鳴のような雄たけびを上げる。
内部の筋肉が一時的に弱くなったのか。大ダメージを与えたようだ。
本来あれって果物にしか効かない魔法だけど……。不完全だから逆に効果が出たということだろうか。
「よし。このまま押し切る!」
ドラゴンの肩を蹴って宙に飛び、中空で剣を持つ手を放す。
「世……理……。其……律……厳。略式・重力操作(グラビティ)」
アサトの剣が恐ろしい勢いで加速しながら落下し、ドラゴンの尾を切り落とした。
じゅ、重力の操作……。
「何でもアリじゃないですか、でもこれが勇者級の力……いける!いけます!アサト!!」
「トドメだっ!!」
剣を振りかぶるアサト。
瞬間。
クリアカラーの光にドラゴンが包まれた。
「!?」
無傷のドラゴンの尾が飛んできて死角からアサトに叩きつけられる。
「がはっ」
「え?」
回復魔法……?まさか。
ドラゴンが魔法を使ったのだろうか。尾にとてつもない勢いで叩きつけられたハズのアサトは空中で固定されている。大きく息を吸い込むドラゴン。
「これでもまだ……足りないのか」
ドラゴンの吐いた黒いブレスがアサトを飲み込み、消し飛ばした。
「アサトっっっ!!!!」
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