第22話 VSドラゴン


「来た。これ……多分。来ました」

「ああ」

 圧倒的な気配に私たちはベンチから立ち上がる。そして身構える。緊張で毛穴という毛穴から冷たい汗が噴き出てくる。


「これは……あまりにもヤバいだろ」

 先程まで戦う気が全くなかったはずのアサトが臨戦態勢になった。

 震動が聞こえる。この世界じゃないどこかからの震動だ。

 音ではない。震え。まさしく震動と表現するしかないもの。

 公園の空間に大きな穴が開き、大質量の生物が一歩ごとに地面を揺らしながらゆっくり歩いてきた。この世界の生き物で言う象くらいの大きさだろうか。

 

 体全体がこちら側の世界に入った途端、ドラゴンは大きな咆哮をあげた。

「ゴおおおおおおおおおおおおお」

 とてつもなく大きな洞窟の目の前に立ったらこういう音がするのだろう。私たちは、足がすくんで動けなくなってしまう。あっけに取られていると目の前にいた二人の旅人が赤いしぶきを撒き散らしながら宙を舞った。ドラゴンが体を振って彼らに尾を叩きつけてきたのだ。

「は?」

「み、見えなかったです」

「……ああ」

 隣のアサトが唾を飲み込んだ音がした。と同時に、ドラゴンはこちらを見据えて大きく息を吸う。気圧の変化で耳に異変を感じる。アサトが言った。

「やばいっ、逃げるぞ」

「は、はい」

 

 わき目も振らず、ドラゴンと反対方向に私たちは走って逃げた。後ろで何かが起こっている圧を感じる。旅人たちの悲鳴が聞こえる。

 ドラゴンが見えなくなるまで大きく距離を取って振り返ると、公園の木々が黒焦げていた。何体かの黒い塊が見える。旅人だろうか。

「同時に攻撃だ!」だとか、「魔法を頼む!!」だとか、しばらく雄叫びや檄を飛ばす声が聞こえた後、数回爆発の音がして私たちがいた辺りが静かになる。10人弱はいたはずの旅人がもう……。


「もう全滅か!?あんなに自信満々だったくせに一瞬でやられやがった」

「倒してくれるのを期待していたんですね?……実は私もです」

「……まあ、英雄級とは言え強そうな感じはしたからな。それだけドラゴンが遥かに強かったと……」

「ええ」

「性質はわからんが、さっきのはブレスだな、多分あれは。炎か電気か。爆発の音は、ドラゴンの仕業だとしたら火球みたいなものだろう」

「ええ、どうします?……正直これを見たら逃げてもしょうがないんじゃないかと思えてきました。何とかして先生に助けを求めるとか」

「あの人は関わろうとしないだろ。勝てる気はしないが、でも街は守らなきゃいけない。……クッソ。やるか。ヒカリ。身体強化の祈りをかけてくれ」

「……はい。次元世界の神よ、この者に加護を。その身に宿す真の力を引き出す助けをください」

 祈りを捧げる。アサトの体が薄く光った。

 アサトは靴をジャンプシューズに履き替える。靴紐を強く結んだ。

「まずはこれでかく乱。そして」

「ドラゴンキラー ですね」

 竜殺しの剣も、ドラゴンキラーという技もどちらも存在した。そして手に入れた。アサトならきっと、やってくれるはずだ。どんな強敵でも今まで倒してきたのだから。縋るように。祈るように、何度もそれを心の中で言い聞かせる。

「ああ。これで上手くいくといいんだが。隙がつけなさそうなら、次点で公園へ大規模魔法をかけて、それでドラゴンキラーだ」

「わかりました」


 アサトは助走をつける。そして地を蹴った。

 靴底に巻き付けられた紙の魔法陣が起動し、一気にアサトを先ほどまでいた広場に運ぶ。

 そして。

「うおおおおおおおおおおお」

 竜殺しの剣を振り上げてドラゴンに向かって大ジャンプするアサト。

 四足歩行しているドラゴンの右肩のあたりを斬りつける。

 ガキンっ。

 金属音と共に剣がアサトの手から弾かれて宙を舞い地面に刺さった。

「か、硬すぎる」

 アサトの驚愕と共に2足立ちになったドラゴンの前足の爪がアサトを襲う。器用に宙を細かく蹴って回避。アサトは空中を自在に移動するのが上手くなっている。即座に腰の鞘から愛用の剣を抜き、隙ができた腹部を斬りつける。微ダメージ。と同時に死角から鞭のようにドラゴンの尾が飛んでくる。

 直撃。したが守りの力を持つペンダントの能力が発動し、尾の攻撃を防いだ。宙を跳んでアサトは距離を取る。竜殺しの剣の回収も忘れない。

 二刀流になったアサトはドラゴンに向かっていったかと思うと敵を通り過ぎる。ジグザグに動いたかと思えば、上空に飛ぶ。そして遂にアサトはドラゴンの背後を取った。かく乱は成功した!?

「食らえ!!ドラゴンキラー」

 ドラゴン背部の鱗を、流れに逆流する形で削り取る。いくつかの鱗が剥がれてキラキラと光を反射しながら落ちていく。アサトは鱗が剥がれ落ちた部分に剣を突き刺す。

 が、寸前に竜巻が巻き起こり、そのなかへ吸い込まれたアサトが風の流れで吹っ飛ばされる。

「竜巻。風の魔法!?」

 地面に叩きつけられたがアサトの傷は軽い。すぐに起き上がる。

「はあはあ。ヤバ過ぎる。一瞬のスキもねえし、防御力が高すぎる。魔法まで」

ドラゴンがアサトに向け、大きく口を開いた。開けた口の間に小さな火球が生まれ、回転しながら巨大化していく。

「次元世界の神よ。彼を守る分断の壁を。マジックシールド!!」

 私の魔法防御の祈りは火球とアサトの間に半透明の壁となって顕現する。それを見た瞬間アサトは踵を返して逃げる。火球が放たれた。


 半透明の壁は二秒ほど火球と拮抗した後、はじけ飛んだ。

 その稼いだ二秒の間に火球の落下地点から外れた場所まで移動したアサト。だが。着弾した火球は周囲に炎を撒き散らした。

「いてえええ」

 右足を負傷したようだ。私は回復の祈りを捧げてアサトの足を回復する。こちらに地面を走って逃げてきたアサトに腕を引っ張られ、そのまま全力でドラゴンと反対方向に逃げる。

「一旦引くぞ!!!」


 宙を跳んで逃げないことに違和感を感じ、アサトの足元を見ると靴が両足とも焦げている。

「魔法陣コピーした紙束が燃えちまった。おそらく足を潰すために火球を撃ったんだろう。ちゃんと頭脳もありやがる」

 ドラゴンが見えなくなるまで公園を走った。肩で息をする。

「ありがとうございます。ここで息を整えて、ひとまず次の作戦を練りましょう」



 隣のアサトが一瞬ぶるっと震えた後呟いた。

「やっぱだめだ」

「え?」

「ここで引いたら立ち向かえなくなる。逃げたい気持ちしかない」

 眼と表情がおかしい。口がへの字に曲がっている。極寒の地にいるような震えをしている。おびえているような。そして。死ぬ覚悟をしてしまったような。ゆっくりと来た道を戻り始めた。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「行く」

「アサト!!待ちなさい!!」

 即座に呪文を唱えて精霊に呼びかける。水の精霊はそれに応えて踊り、私の呼びかけ通りバケツをひっくり返したような水がアサトに炸裂……する前に守りのペンダントに弾かれて私に思いっきりかかった。


 びっしょびしょである。私が。

「水の魔法……いや、何してんだ」

 呆れた表情のアサト。目の前にびしょ濡れの女が突然登場した時に表情がこれなのだろう。

「アサトを冷静にしようと思って頭を冷やすために……うっ、ぐすっ」

 説明していたら何だか情けなくて涙が込み上げてきた。

「くくく、あっはははははは」

 今まで見たことがなかったアサトのシニカルさのかけらもない純粋な笑顔。

 そして。


「ありがとう。頭冷えたよ」

 そう言って私の頭を撫でた。私は思わず涙が引っ込んで顔が熱くなる。恥ずかしい。恥の上塗り。でも。ここまで重なったならもう一つ恥ずかしいことをしても変わらない。

「背負わせてるのはわかってます!でも。覚悟を決めてください。勝てます。信頼しています。どんな無茶苦茶な方法だろうと、あなたは勝つための最短距離をいつも過ごしてきた。あなたは私の……勇者様です」

 

 驚きに満ちたような表情をした後でアサトの顔が赤くなった。そして一言。

「勝つよ」

「勝ちましょう。私たち二人で」


 アサトに手を差し出す。アサトはその手を掴みがっちりと握手をする。固く約束を交わすように。その手に視線を移したアサトは何かに気付いたようにすぐに目を逸らした。


「とりあえず……何か羽織れよ」

 私は自分の体を見る。先程自爆した水が服を濡らし、体にぴったりと張り付いて、私の体のラインを強調していたのだった。


「あ、ああああああああああああああ」

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