第19話 一夜漬け勇者の説得と選択


 ショータローさんの跡をつける。

 彼はスマホを弄りながら帰宅していて私がつけていることに全く気付く様子がない。商店街を抜けてしばらく歩き、学生用のアパートまで到着した。


 そして。そこにはアサトがいたのだった。

 待ち合わせたというよりは、鉢合わせたという感じだ。

 アサトはリュックサックを背負っている。電柱の陰で思わず私は耳を澄ませる。ショータローさんがアサトに声をかけた。

「よっ」

「……ああ」



「お前逃げるつもり、なのか?」

「それは……まだ決めてない……」

 歯切れが悪い答え。

「ヒカリちゃん、怒ってたぞ」

「わかってる。わかってるけど」

「難しいテストか?」

「ああ。今から必死にやってみるか。それともしっぽをまいて逃げ出すか」

「で、時間が足りないって悩んでんのか」

「そんなもん。資料は集めた。後は暗記するだけって感じだが。でも。最初から無理だったんじゃないかって」

「ははっ」

「何笑ってんだよショータロー。まじめな話なんだぞ」

「俺が留年した時さ、一緒にマックで朝まで勉強したの、覚えてるか」

「そりゃ。覚えてるよ」

「あの時、俺が同じこと言ったんだよ。で、諦めた。でもお前はさ。最後まで一夜漬けを続けた。で、受かった」

「やめろよ。俺はそれを悪いと思って…」

「俺はそれに励まされた。どんなに絶望的な状況でも。諦めない。その姿勢に俺は感動した。だから俺はちゃんとやり直そうと思ってる」

「……」

「その姿を、また見せてくれよ。なあに。いつもと同じことをやるだけだろ?大丈夫だよ。いけるさ。今更逃げんなよ。あの災厄の日からずっと、お前は勇者だよ。一夜漬けの勇者だ」


 ショータローさんの言葉にアサトは驚いたような表情をする。

 そして。

 オーバーにため息をついて言った。

「はあ……やれやれ。わかったよ。柄にもなく気持ち悪いこと言うよな、わかった。見せてやる。一個下のお前に俺の背中をな」

「年齢は同じだ!!……頼んだぜ」

「ああ!!」


 

 アパートの駐輪場に停めていた自転車にアサトが乗って去っていった。彼からはもう迷いは感じられない。

 それを確認してすぐ、ショータローさんが振り返って言った。

「これでいいんだろ?ヒカリちゃん」

「え、ええ。気づいてたんですね」

「そりゃそーだ。ヒカリちゃんみたいな美少女にストーカーされたらすぐわかるよ」

「怖いこと言いますね……でも。ありがとうございました」

「俺は背中を押したけど」

「?」

「あいつは一人で悩んでも同じ結論になってたと思うよ。ただ、悩む時間を節約してやっただけ。どーせあいつはやってくれるからさ」

「……私は。信頼が足りなかったのかもしれません」

「付き合い長いからわかるだけだって。ヒカリちゃんも段々とあいつを信頼していけばいい。だってさ」

 そう言って彼は続ける。

「日々は明日も明後日も続くんだからさ」

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